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「テルテル総理ご都合主義の改革路線」 喫緊の課題・政治改革…(9)

2021年04月18日 | 政治・経済
「テルテル総理ご都合主義の改革路線」 喫緊の課題・政治改革…(9)
デジタル化の為の意識改革…等を中心に

** 多くの国民が期待する「デジタル改革関連法案」は6日、衆院本会議で可決し参議院に送られた。 関連法案は63本を束ねた5法案で、「デジタル庁設置法案」と給付金などの支給を受ける口座の任意登録を可能にする「預貯金口座登録法案」は共産党以外の全会派が賛成し、「個人情報保護法改正案」を含む整備法案など3法案は立憲民主党も反対した。参院は別の法案が立て込んでいる為、成立は5月にずれ込む見通しだが、成立すると、デジタル庁が9月1日に発足する。法案は(①政府・独法・民間、別々に制定された個人情報保護の法律を一本化する。②自治体の条例を「リセット」し全国共通ルールに統一して、システム化も共同化する。)が柱になっている。これにより、災害時の救助・医療等で関係機関が円滑に情報をやり取りし、生命の安全を確保し、或いは給付金の円滑な支給や、行政手続きも簡略化される、情報の民間ビジネスの活用等のメリットも含め、社会の大きな変革に繋がる可能性も期待できる。問題は、立憲民主党が提出した「行政機関が持つ個人情報を目的外で利用する際の要件を絞る等の修正案」が否決され、「政府に厳格な運用を求める付帯決議」は付いたものの、法的な縛りは無く、監視社会への歯止めが効いていない点が最大の懸念材料、今後十分な論議が必要である。
** デジタル庁発足に先立ち、民間から競争率約40倍の狭き門をくぐり抜け職員30人が採用され、12日東京都港区の事務所で辞令を受け取った。システム開発などを担うが、官僚の殻を打ち破り柔らかい頭で斬新な発想の展開を期待したい。平井担当大臣は辞令交付の際の訓示の中で、デジタル社会形成の基本原則として10項目を掲げている。その中で①オープン・透明、②公平・倫理、⑤社会課題の解決、の3項目は今の政治・行政改革で解決さるべき重要課題であり、特に注目したい。安倍政権に端を発した『嘘つき放題』、『自由闊達な議論を封ずる強権政治』により政・官はもとより日本全体にモラル低下を生みだした。汚職や脱法行為に恥じることがなくなり、安倍の唱える『美しい国』どころか『醜い国、薄汚れた国』に成り果ててしまった。その結果として生じたモラールの低下が優秀な若手の官僚離れに拍車をかけるなど、社会に漂う閉塞感は只ならぬ物があり、日本の将来に大きな暗雲となっている。この閉塞を打ち破り、社会課題の解決と倫理観のある公平な社会を形成するには、凡ゆる情報を出来る限り公開し、政治・行政等、あらゆる面で透明性を持たせることによって、国民に対し出来るだけ多くの判断基準・判断材料を提供することである。『必要な、在る筈の文書、無くてはならない文書』を無いと主張、或いは短期間で破棄し、やっと提出された文書は『ノリ弁当』其のままに殆ど黒塗りで凡そ、文書とは言えない代物、全く国民を馬鹿にした政治が行われて居り、情報公開により、透明性の高い、倫理感あふれる国を目指し、一刻も早く薄汚れた国とは決別したいものである。
従来、IT政策の所管は総務省、経産省、その他省庁に分かれており、「総経戦」と呼ばれる程の省庁間の縄張り争いがデジタル化を阻んできた経緯があり、既にその兆候も出始めている。「通信・マイナンバーカードの話だから総務省主導で…」「民間のデジタル化の話だから経済産業省主導で…」と主導権争いが懸念される。又、デジタル庁内において、各省出身者同士による水面下での省益争い・縄張り争いが行われることも十分危惧され、こうしたことを避けるべく、内閣人事局による一括採用や、官僚の省庁間の人事異動等、人事制度改革にも踏み込む必要が出てくる可能性が強い。
河野・平井両大臣の手腕の見せ所、縦割り行政の打破が、族議員の影響力低下等古い体質の政治の打破にも繋がる事を期待したい。
** 平井大臣の発言の中でもう一つ注目すべきはデジタル化の目指す方向として『BPR』では無く『DX』をあげている点である。経産省が発表した定義によると『DX』=(Digital Transformation / デジタルトランスフォーメーション)とは【企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立する事】としており、企業を日本国家と呼び変えれば、その方向性が見えてくると期待したい。デジタル化は業務改善や業務改革(BPR)に止どまらず、必要とあれば文化的障壁を除去し、人々の思考の変化を通じて社会の変革を加速させる(DX)となる可能性を秘めている。
企業における『BPR』や『DX』を実施したCIO(最高情報責任者)の多くは、組織文化がその実現を阻む最大の障壁であると述べている。
** 現役最後の私の仕事は海外店を含む全社の行務改革であったが、その際の目玉は明治初頭に会社が設立されて以来、連綿と続いて来た会社経営の基本精神から決別する事であった。この経営哲学の存在が『不必要なポスト、不要な業務を生み、コンピューターコストを膨大なものとし、社員が内向きの業務にエネルギーを費やし過ぎる』と言う様な弊害が余りにも多くなり過ぎたのである。案の定ポストがなくなる不安もあってか反対意見も多く、その説得に一年余り、説明会行脚を繰り返し、最後に経営会議での説明会迄漕ぎつけた。経営会議では、会長の賛同を得たが、社長が社員の働く意欲を削ぐ様なシステムには賛同できないと強硬に主張、却下されることになった。社是・社訓にも取り入れられている経営哲学を破棄することは、社員教育にも影響するとの話も出され、経営会議メンバーの多くも賛同した。社是・社訓に基づき『金太郎飴』の様な同じ顔の社員を作るより、これからの時代、多様な考え方の社員の育成が必要ではないかと説いたが、一蹴された。応援すると言っていた直属の上司の発言も無かった。しかし会社退職4年後新社長がこの行革案を採用、社是・社訓が掲載された社員手帳も廃止された。コスト削減も手伝い会社の業績も好調である。時代が要請したのかなと言う印象が強い。
** デジタル化を成功させるには、抜本的な業務改革(BPR) 及び制度そのものの見直しが必要である。
デジタル化の成果は、【業務改革×IT導入】と表現する人もいる。現在行われている業務を放置してIT化を進めても成果はゼロに近いと言う意味である。e- Japan戦略でも述べられているように、行政の既存業務をそのままオンライン化するのではなく、 業務改革、省庁横断的な類似業務・事業の整理、及び制度・法令の見直し等を実施し、行政の簡素化・効率化、国民・事業者の負担の軽減を実現することが必要である。デジタル化・電子政府の推進は、行政のスリム化・効率化に貢献するだけでなく、従来の政治的意思決定メカニズムを変え、透明性とアカウンタビリティを高 めることにも貢献する。例えば、公共事業の費用と便益分析の結果や環境アセスメントなどの数字を公表することで、経済効果・社会効果の乏しい事業の採択を阻止することに貢献する。もし便益よりも費用がはるかに大きい公共事業、或いは環境破壊に繋がる恐れのある事業が提案されていれば、 パブリック・コメントを通じてその提案が批判にさらされる。また、どのような過程を経て特定の公共事業が採択されるかを知ることができる。官僚や政治家の裁量によって物事が決定される余地は極めて小さくなり、安倍や側近の絡んだ加計学園の様な事件も起こり憎くなる。

業務改革に当たっては①従来の仕事の進め方に固執しない。デジタル化を進めるためには、業務をまるごとシステムに移管する必要がある為、従来型の曖昧な業務プロセスを全廃する必要がある。コストをかけてハンコの印影をシステム上に表示し、紙とまったく同じように稟議書の回覧をしていたという笑えない話では失敗である。 ② 既存の組織やポストを温存しないことも重要である。  業務の進め方と密接に関係しているのが組織である。業務をデジタル化するためには、既存の業務を見直し、曖昧で無駄な部分がないのかを徹底的に検証し、得られた最適な業務プロセスを丸ごとシステムに移管する必要がある。業務のムダを排除すれば、必然的に組織やポストの見直しが必要になる。 
***最後にブログでも取り上げた物も含め、改革すべき点を列挙しておきたい。
① 公文書の年号は西暦に統一する事。
2017年08月22日 「ブログ西暦か和暦か」で触れたが何の法的根拠もない元号が公的文書で半強制的に使用され、
事務手続きを煩雑にし「デジタル化の目的である効率化推進」の大きな障害となっている。誰が旗振り役かも判然としない、明治の残滓・元号使用は公・私何れの文書にも使用を禁止すべきである。元号は、中国・前漢の時代に採用され、中国を「宗主国」と見做し、「朝貢国」と見做された朝鮮、日本が宗主国を真似て採用したものだが、本家の中国,朝貢国の同僚である韓国は近代化の為に廃棄している。明治以前は一人の天皇が複数の改元を行って居り、元号使用に拘るのは明治万歳の偏向右翼によるものと考えられる。
② 叙勲制度の簡略化  
2018年12月06日  「 ブログ (続)秋篠宮様の大嘗祭発言に付いて」で触れたが、これも明治の残滓である。戦後、軍国主義を一掃し、政治・社会の民主化を図る為、1946年文化勲章など一部を除き、生存者への叙位・叙勲は停止されたが、自民党政府は、1964年生存者叙勲制度を名称も戦前そのままに、閣議決定と言う安易な方法で復活させたものである。対象者は春・秋併せて一万人弱、その多くが公僕である公務員であり、業務に対する報酬は税金から給与・ボーナスで支払われている。対象者の選定には地方・中央併せてどれだけ多くの公務員の労力と費用が費やされているか、国家挙げての壮大な無駄遣いである。 叙勲は社会の進歩と発展に具体的、目に見える形で重要な貢献をした人に対し、国として公正な基準にもとづいて選定するよう改めるべきである。
③ 同じブログ」で指摘した「大嘗祭」問題である。政府見解として大嘗祭は皇室の宗教的儀式・私的祭礼であり、国が関わるべきでないと指摘しているにも関わらず、安倍政権は「短絡的な前例踏襲」という安易な考えで、 全国の知事を総動員し22.5億もの巨費を投じて華々しく執り行った。国家神道の廃止、憲法の政教分離規定に反し、宗教儀式に役人を動員し、国家予算をつぎ込むのは明らかに憲法違反である。
これ以外にも安倍は明治150年記念行事を各地で公費を使って行っているが、これらは全て明治礼賛、大日本主義病に取りつかれた日本右傾化の総本山「日本会議」の意向に沿ったものであることは、疑いようがない。
何れにしても明治の残滓としか言いようのない制度等が他にも多数残っている可能性があるが、「貴重な文化遺産」維持と言う間違った美名の下に国費浪費を続ける余裕など日本には残されていないと知るべきだろう。
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