ということで、辰吉丈一郎の思い出シリーズ、5回目。
運命の1991年に突入です。
前年、1990年12月にジュン・カーディナルを破り、早々に発表されたのが次の試合、WBA7位の南米王者、アブラハム・トーレスとの対戦でした。
期日は1991年2月17日、後楽園ホール。
格下相手のカードで、府立第一を埋めた選手が、現役世界ランカー相手にもかかわらず、ホールで試合をする。
その代わりに、TVは日曜昼間の生中継。
明らかに物事の「比重」が変わったのやなあ、と、当時ぼんやり思ったものです。
トーレスの戦績は確か13勝1敗か何かで、KOは少なく、5つ。
1敗はソウル五輪銅メダリストにして、後のWBA王者ホルヘ・エリセール・フリオに喫したもの。
それ以外に強敵との対戦はなかったようで、辰吉陣営にすれば、ランカーの中では楽な相手を選んだつもりだったのかもしれません。
しかし、このときのWBA王者はあのルイシト・エスピノサで、ランカーは上から順番に、イスラエル・コントレラス(後の王者)、畑中清詞(後に一階級上で王者に)、上記のフリオ、李勇勲と李恩植の韓国勢(当時、みんな強かった)が続き、6位がグレグ・リチャードソン(!)。
で、その次がトーレスですから、6戦目の選手と組むには、限界ぎりぎりのマッチメイクだった、と見るべきでしょう。
にもかかわらず、試合への流れは、けっこうタイトなスケジュールだったし、何より本人、陣営、報道や批評からも、厳しい予見はあまり出なかったように思います。
辰吉本人は「足使って当ててポイント稼ぐ、アマチュア風の選手」と切って捨てるような言葉を発していました。
後付けでなく、正直に「世界どうこうという選手を、そんな風に簡単に断じてしまえるものなのかなあ」と疑問に思ったのを覚えています。
実際、試合が始まると、トーレスは派手さこそないものの、締まった構えから、身体の軸をしっかり決めて回転させつつ放つ鋭いジャブで、辰吉を再三好打しました。
辰吉は相手を見ず、探ろうとせず、最初から外して強打狙い、という一段飛ばしの試合運びに出ましたが、何しろジャブを外せないものだから、攻めの糸口が掴めない。
それでも天才の証明というのか、目で外してヒットをとる場面を徐々に増やし、終盤の挽回もあって、試合自体は成り立ちましたが、僅差ながらクリアに負けている、という内容でした。
ドローの判定を受けて、辰吉は「自分の負け」と率直に語りました。
この言葉がどういう気持ちから出たものか、細かいところまではわかりませんでしたが、かなうことなら、率直に対戦相手の技量力量を踏まえた上で、自身の現状を客観的に見据えたものであってほしい、と思いました。
この試合で見たもの、体感したものと、率直な気持ちで向き合ってほしい。
自身の闘志、負けん気だけで、全てを塗りつぶしてほしくはない。そう思ったものです。
そして、それを「学び」として、今後に生かせるものなら、この天才がこの先、大成したときに、貴重な試練の一戦だった、あれがあったから...と振り返ることも出来るだろう、と。
しかし、後に振り返れば、この「学びの機会」が十全に生かされたか、というと、やはり疑問符を付けざるを得ないのですが。
あと、気になったのは、またも119ポンド契約の試合で、辰吉の足取りに軽やかさが感じられなかったことです。
打たれたり、疲れたりしたあとの話でなく、試合開始の時点でそうでした。
たった1ポンドの余裕が、これほど目に見えて、出来不出来の差になって表れるものか、と少々驚きでもありました。
若さやキャリア、当日計量の時代だったこと、色々要因はあったのでしょうが、この試合も厳しく、118で組んでいればどうなったのかな、と思ったりもしました。
さて、陣営は7戦目で予定していた世界戦を延期して、もう一試合、世界ランカーとの試合を挟む、という「軌道修正」に出ました。
しかし、7戦目が8戦目になったとて、時の王者はWBAルイシト、WBCは桁違いの長身で売ったラウル“ヒバロ”ペレスで、いったいどっちに挑むつもりなんやろう、と思ったものです。
こういうとき、選手に無理な減量を課して、一階級下で...という、いかにもな話が飛び出しやせんやろうか、と心配にもなっていたところ、次の相手は、何とも微妙なところを突いてきたな、という感じの選手が選ばれることになるのでした。
クック戦もWOWOWで放送ありましたか。当時お金が無くて、初期のWOWOWは人に録画してもらって見てましたんで、そこから漏れていたんでしょうかね。私の見たのは、また別のルートで入手した現地実況版でした。YouTubeにあるのはそちらですね。
ジョーンズ戦はWOWOWのを見ました。あの頃の雰囲気は、今見ると味わい深いものがありますね。
確かに良いカードでしたし、良い内容でもありましたね。フリオは、王座奪取のエディ・クック戦も凄い試合でした。えらく画質の悪いビデオで見たのですが、感動したものです。今はYouTubeに、良い画質で上がってますね。
当時ジュニア・ジョーンズとの試合はリアルタイムで見逃したハーンズVSレナード戦の再来の様な気持ちで見ていました。