今頃なんですが、先週の上海における衝撃の番狂わせについて、雑感。
木村翔の試合は、拙ブログでも一度取り上げたことがあります。
昨年11月、住吉スポーツセンターにて行われた、坂本真宏との試合について書きました。
予備知識は何もなく、一見した印象だけですが、スピードがあり、手数が出て、
果敢に攻めるものの、その反面、防御が甘く、よく打たれもする。
一発のパンチでは坂本だが、それをスピードと攻めのリズムで抑えた、という試合に見えました。
しかし、その後タイ遠征などを経て、ゾウ・シミンに挑戦すると知ったときは、
思わず声ならぬ声が出てしまうほど驚いた、というのが正直なところでした。
驚き、というのにはいくつかありますが、まずあの試合ぶり...
攻めは良い反面、甘い防御が、8回以降さらに崩れ、無防備に近い状態にさえ見えた、
いかにもキャリア不足の選手が、仮にも世界戦に出るのか、ということ。
そして、中国市場向けの作られたチャンピオンとはいえ、五輪連覇の経歴を持つスター選手に、
こんな甘いカードを組むことを、トップランク社が許したのか、というのがもうひとつ、でした。
思えばWBO王座獲得戦も酷いマッチメイクではありましたが、またしても...という。
試合当日は仕事で忙しく、久田哲也戦の観戦もならず、この試合のことは忘れていました。
翌朝、ネットで結果を知って、またしても声ならぬ声を出してしまった次第です。
動画をチェックすると、最初から木村が果敢に出て、ゾウが捌く展開でした。
木村は左フックや右ストレートをボディに送り、上にも思い切り良くフックを飛ばす。
ゾウは左右に身体を翻しながら、左右をカウンターして捌く、という流れでしたが、
動きにもパンチにも切れがなく、木村の攻勢を食い止められず、徐々に後退一方に。
ゾウは当てる巧さは見せ、楽な構えでアッパーを含め、あれこれ当てはするものの、
右目周辺の出血をものともせず、前進を続ける木村に押されっぱなし。
攻めに回ると手数が良く出て、ボディも打てる木村は、少々打たれても構わず、
空振りしても手数を出すことを厭わず、間を詰め続け、ゾウに全く楽をさせませんでした。
11回、右ヒットから猛攻し、最後はラッシュしてゾウを倒し、KO勝ち。
上海の大会場が静まりかえる結果となりましたが、試合自体はファイタータイプによる
ボクサータイプ攻略、攻め落としの流れで、ほぼ完勝と言えるものに見えました。
右瞼の出血、ゾウの当て勘の良さも、木村を苦しめはしたでしょうが、食い止めるに至らず、
木村は終始、果敢に出て攻める流れを手放しませんでした。
その勢いを終盤になっても落とさず、それどころがさらにペースアップして倒しきった。
おそらく相当な練習を積んでいたでしょうし、この一戦に賭ける気迫が、ひしひしと伝わってきました。
この試合は当日、ライブ映像がネットで見られたらしく、見逃したことはまさしく不覚でした。
新チャンピオン、木村翔の見事な勝利に拍手、そして脱帽です。
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敗れてしまった、中国の国家的スポーツ・ヒーローたるゾウ・シミンについては、
試合後、知らなかったことも含め、あれこれと聞こえてきました。
トップランクとの契約が知らない間に切れていて、中国の「業者」とも離反していて、
今回の試合は自分がプロモーターも兼ねていた、などなど。
ああ、そういうことだったのか...と思ってしまう話でした。
ゾウはプロ入り後、はっきりスタイルを変えていて、短いラウンドをスピードと手数で埋める、
という感じから、パワーアップを計った面があり、それが充分に出来ているか否かはともかく、
トップランクが用意したトレーナー陣、またはフレディ・ローチにフィジカルを鍛えられたのか、
フライ級にしては、がっちりした厚みのある身体を作っているな、と試合の度に思っていました。
もし井岡一翔が対戦したら、全体的な巧さでは井岡も負けないとしても、あの体格に押され、
打ち負け、押し負けるのではないか、と思ったりもしたものです。
ところがこの日のゾウは、その体つきに締まりがなく、見るからに調整不足でした。
体重を作ることを優先した、急ごしらえのボクサーの身体だな、と一目見て思いました。
おそらく上記した周辺事情も、その一因だったのだろう、と思います。
今回の木村、そして指名挑戦者の五十嵐俊幸と、日本人挑戦者に連勝すれば、
さらに自身の人気が高まる、という目論見もあったのでしょうが、結果は無残なことになりました。
試合後、スポーツマンライクな態度で、木村の健闘を称えていたゾウは、
再起して木村との再戦を目指す、と表明したそうです。
おそらく、万全に仕上げたら自分が勝つ、勝てると思っているのでしょう。
実際、巧さでいえばゾウの方が上でしょうし、それを支える体力面を整えられれば、という。
その見立て自体は、正直に言って、その通りなのだろうなぁ、と思ったりもします。
しかし、一度結果として出た勝敗というものは、理屈を越えた影響をもって、
再度相まみえたときに、両者の命運を分けるものでもありましょう。
正しいと見えることが、必ずしもその通りの結果になるとは限らない。
それもまた、ボクシングの真実です。今回の試合がそうだったように。
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それにしても上海の会場、相当大きくて、良く入ってました。
雰囲気も華やかでしたし(お客さんはゾウに対する心配モード一色ではありましたが)、
相手が日本人だからといって、試合運営やレフェリングにも、特に妙なことはない。
加えてゾウの試合ぶりが、苦しい展開続きなのに概ねクリーンだったこともあり、
見終えて、すっきりした印象だけが残りました。
もし今回ゾウが勝っていたら、次は五十嵐が遠征していたのかもしれませんが、
日本のボクサーにとり、アマチュアで世界王者を擁する中国のリングもまた、
これから魅力的な舞台になっていくのかもしれない、と思ったりもしました。
※皆さん、当然あれこれご覧になっていることでしょうが、一応見た動画を。