さうぽんの拳闘見物日記

ボクシング生観戦、テレビ観戦、ビデオ鑑賞
その他つれづれなる(そんなたいそうなもんかえ)
拳闘見聞の日々。

今の井上には手強すぎる、堅牢で多彩な強打者 IBF王者ジェルウィン・アンカハス

2016-09-24 12:49:54 | 井上尚弥



今年もあれこれと大きな試合が立て込む年末のボクシング界。
TBS、TV東京にフジテレビと、三局が年末にマルチ世界戦イベントを放送するようになって
数年経ちますが、今年はこの中でボクシングに最大の予算を出すと言われるTBSが、
業者の「コンプライアンス違反」に対処を迫られるのでは、と
有名週刊誌に報じられたりもしております。

もしあの報道が「ホンマ」だとしたら、大ごとではあります。
報じられた興行収入の金額については、実際に会場で何度か観戦した身からすると
「全興行が実売で満員になってるわけでもなし、ちょっと過大かな」と思ったりはしますが
それ以外の収入やら、或いは「実入り」が問題視されているのかもしれません。


============================================


このような、ボクシングそのものとは関係ない不確定要素がある一方、
ボクシングそのものについての不確定要素といえば、フジの看板、井上尚弥の体調です。
全11戦中、少なくとも4試合で拳を傷め、そのうち3試合はほぼ左一本での闘いを強いられている。
その上に最新試合では腰痛のため絶不調。
相手が「あの程度」の選手だったのが不幸中の幸い、としか言えない試合ぶりでした。


その井上尚弥が、12月30日と噂される次戦で、対戦交渉中と言われるのが、
対ペッチバンボーン戦の一日前に、フィリピンでIBF王座を獲得した新王者、
ジェルウィン・アンカハスです。
以前、千里馬神戸の帝里木下と、IBFイリミネーションバウトを闘うのでは、という話があり、
少し動画を探してみたことがありますが、それに加えて最新試合のマックジョー・アローヨ戦が
えらく良い画質でアップされていたので、改めてざっと見てみました。


============================================


まず2010年11月20日、ジュリアス・アグコプラ(と読むのでしょうか)戦。
デビュー8戦目。アグコプラはこの時点で9勝27敗2分。
黄色トランクスのサウスポーがアンカハス。





映像は2回終盤から。
思い切り振った右アッパーが入り、左アッパーで倒す。
3回、左右アッパー、飛び込むような左ストレートで攻め込む。
小さい左アッパーでダウン追加。左ボディストレート、右フック連打でTKO。

キャリアが浅いときの試合で、一見荒いが、この時点ですでに、
左を上下、内外と打ち分ける、意外な巧さを見せています。


============================================


少し飛んで21戦目。2014年2月22日、タヌワット・フォンナク戦。
タヌワットは今年「インタノン・シスチャムアン」のリングネームで河野公平に挑戦して敗れたタイ人。
黄色のラインに赤地のトランクスがアンカハス。白に紺がインタノン。サウスポー対決。
場所はマカオのコタイアリーナ。ゾウ・シミンがメインのトップランク社興行。
画像はTV画面を映したもの。





初回から左強打で攻め、連打で追撃。インタノンの反撃、左を一発もらうが、すぐ左で倒す。
2回、左クロス、ストレートを打ち分け、ワンツーで倒し、TKO勝ち。

多少荒いところが残るものの、バランスが良く、振りがコンパクトになってきている。
防御は少し甘く、サウスポー同士ということもあるのか、タイミングが合ったときに打たれる場面も。


=============================================


続いて24戦目。2014年11月23日、これもマカオのトップランク社興行。
パッキャオvsアルジェリ戦の前座。タンザニアのファディリ・マジハとの試合。





攻防共に整ってきた印象。ガードが高く、締まった構えながら、手打ちにならず
コンパクトで重そうなパンチを多彩に打ち分け、着実に攻め込んでいく。
右ジャブ上下、オフ・バランスの相手を叩く左クロス、呼び込んで打つ右フック。
これに従来からの得意パンチ?である左ストレートとアッパーによるボディ攻撃。
2回、左でのけぞらせ、3回マジハの反撃を外してから、飛び込むように伸ばす、
パッキャオばりの左一発。マジハ倒れ、テンカウントのKO。


============================================


そして直近試合、27戦目でIBF王座挑戦。今年9月3日。
17戦全勝の王者マックジョー・アローヨに挑戦。場所はフィリピンの軍施設内の会場。
サウスポー対決、白地?に青のラインがアンカハス。青と黒地がアローヨ。





両者、互いのパワーを警戒してか、抑え気味の展開。
しかし6回(34分過ぎから)アローヨのレバーの位置を、アンカハスが左アッパーではなく、ストレートで打つ。
アローヨの右肘の下を通すパンチ。これが効いてアローヨ徐々に失速、さらにボディを攻められ後退。
アンカハスの左クロスが直撃、アローヨがロープ際でぐらつく。

7回、アローヨが押し返そうとするが、ラスト10秒くらいでまた左ストレートによるレバーパンチ。
追撃の左が上に来て、またアローヨ打たれる。
8回、左ストレートのレバーパンチ、またまた決まる。効いたアローヨ、追撃され
リング・エプロンに叩き出される、痛烈なダウン。
9回、ボディのダメージで劣勢のアローヨ。左ボディで攻められ膝をつくがスリップ裁定。

終盤はアローヨ踏ん張るも挽回ならず、終了。判定でアンカハスが新王者となりました。


============================================


ということでざっと4試合見た感想。

全体像としては、パワーがあり、構えの堅いサウスポー。
スピード自体は普通か。

インファイトでは左右のボディ打ちが出る。
中間距離では意外に多彩。
ロングでは、パッキャオ風の、飛び込んで打つ左ストレートが強い。
距離によって、それぞれに武器があり、いつ何を打つかの棲み分けにもミスが少ない。
一見器用なタイプには見えないのだが、この辺は非常に巧い。
本人のセンスか、トレーナーが良くて、よく訓練されているのか。

攻撃は上記の通り多彩。
右ジャブは、伸び自体は普通だが正確で強い。これで相手のバランスを突き崩す場面もあり。
これを時にボディへも打つ。

左ストレートは、コンパクトな振り。若い頃は前にのめる感じだったのを、矯正された形跡あり。
時に、下がる相手を追って飛び込む、パッキャオばりの打ち方が出る。要注意。

そしてもうひとつの白眉が、サウスポー戦において、前に出ている相手のレバーの位置を、
アッパーやフックでなく、ストレートでそのまま打つこと。これが非常に強烈。
アローヨ戦勝利の決め手は明らかにこのパンチ。
相手の肘の下を最短距離で通し、強烈なダメージを与える。

右フックは身体を逃がしての迎え打ちが見られる。
左右アッパーは好機に連打で出る。接近戦ではこれでボディを攻める。
良い角度で当てる場面が多い。

攻撃は見れば見るほど、正確かつ、要所では爆発的。
17戦目から26戦目まで、10連続KOを記録しているが、それも納得。


防御面に関しては、ガードが高く、締まった構えながら、攻めて出たときに、
少し甘くなる試合もあり。しかし最新のアローヨ戦では、かなり改善の跡が見える。

打たれた場合の耐久力は普通か、やや上か。ただ、少し打たれても、相手をしっかり見て打ち返す。
ハートが強そうな印象。

速い連打と足があれば、攻略は出来そうにも見えるが、ちょっとサンプル不足。
ただ、距離が遠かったマジハ戦でも、左ストレートの飛び込み打ち一発で倒している。
もっとレベルの高い相手ではどうか、というところだが。


============================================


ということで、見れば見るほど、なかなかの難物、要注意物件である、というのが結論です。
王者になったばかりだし、アローヨ戦も地元開催での勝利ですが、攻撃力はなかかか。
攻防共に、堅実、堅牢の印象ながら、秘めた爆発力は相当なものがあります。

少なくとも、9月3日、座間のリングに立った「あの」井上尚弥では、到底かなわないでしょう。
速いが手打ちのジャブではとても止められず、じりじり攻め込まれ、大差、或いはKO負けを喫すると思います。
攻防全てにおいて、世界ランカーと呼称する水準になかったペッチバンボーンとは、
あらゆる面でモノが違います。


率直に言って、あの試合ぶりを見せられて、もう年末にはこの選手と対戦交渉、というのは
傍目には疑問を感じます。陣営内部でどういう方針を立て、合意が形成されているのか、計りかねます。

減量苦や腰痛、拳の(慢性的な?)故障を抱え、格下相手に大苦戦した次に、
好調な状態でリングに立てるという目処を、どのように立てているというのか。
それが見えてこない以上、不安が先に立ってしまいます。

もし故障がなく、好調な井上尚弥であっても、なかなか簡単にはいかなさそうな選手です。
防衛戦で退けた三人の誰よりも、強くて巧くて堅実な相手でしょう。


井上尚弥のキャリアは、今、非常に苦しい時期にさしかかっています。
この強敵アンカハスとの対戦が、その苦しみを乗り越えて、この先の輝かしい栄光へ
再び歩みを進める、復調の第一歩となるなら、それにまさる喜びはありません。
しかし、悪くすれば、それとは正反対の、決定的な破局、転落への道となる可能性も否定できません。


同様の不安は、仮にWBA王者ルイス・コンセプションとの対戦になっても感じるでしょうが、
言ってみれば、ある程度は限界も見えたコンセプション以上に、上昇気流にあるこの選手の方が脅威です。

この試合が決まれば、それは井上尚弥の未来を左右する、非常に重要で、危険な一戦になることでしょう。
この年末は、一年前までのように、単に楽しみな、という気持ちだけで迎えられたものとは違う試合を、
師走の東京まで、見に行くことになるのかもしれません。




コメント (8)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする