いわゆる、スペクタクルな試合にはなりませんでしたが、
それでも両者の凄みが、それぞれの形で表現された試合ではありました。
初回の攻防があまりにも濃密だったので、これはとんでもない試合になるか、と思ったら、
残念ながら竜頭蛇尾...と思っていたら、終盤、二転三転しましたが。
初回、ドネアはリゴンドーに対し「回る」のでなく、リゴンドーに回られていました。
両者は互いに、接近した位置での攻防。足を使うにせよ極めて小さいステップで対応。
リゴンドーの左、ドネア一発打たれ、次外す。すると長く速いのが来て、また食う。
連打の応酬の後、打ち終わりを打ち終えたつもりのドネアに、さらにリターンの左。
ドネアは右を外して、身体を折る前のリゴンドーに左フックのカウンターも、浅い。
これらの攻防を「詰めた」状態、リングを狭く使った攻防で繰り広げる両者でしたが、
この初回、後で思えばリゴンドーが、ある程度彼なりに「無理」をしてでも狙って取ったのだ、と感じました。
リゴンドーが受け身、相手の手を待って対応する形で試合を進めるには、
単に引くだけでなく、先制点、ポイントのリードが必要だ、という戦略だったのかも知れないと。
対するドネアは、相手が「対応」の際しか、前方にベクトルを向けないので、
左に旋回して左フックを叩く形ではなく、前に出て追う形で闘いました。
しかし柔軟で速いリゴンドー相手に、ジャブを出しにくかったようで、ボディ攻撃も数が少ない。
単発でヒットを取る機会もありましたが、リゴンドーのリターンも必ず来る。
これはドネアに悪く回っていると感じました。
そして中盤以降、リゴンドーはさらに待ちの姿勢で、ドネアの仕掛けに応じません。
採点でリードしていると確信し、挽回を図る相手に、右回りの足捌きで対応。
ジャブでタッチ、速い左ストレート、単発のヒットを受けると即座にリターンで相殺。
その足裁きが、時に身体を横に向けるものになり、場内からはブーイングも。
気づけば、初回の濃密な攻防は、すっかり薄味なものになっていました。
もちろん、何もルール違反をしているでなし、自分の思い通りにドネアほどの強敵を捌く、
リゴンドーの技量は大したものです。
傍目には逃げに見えるリゴンドーのサイドステップも、相対するドネアにしてみれば、
まさしく眼前から相手が消えるように見えるのでしょう。それはまさに神技なのかもしれません。
しかし、その技量故に、或いは初回の濃密な攻防の見事さ故に、
自分の才能を、技量を、より攻撃的な形、明確な形での勝利を求める方向で発揮しようとしない
リゴンドーの姿を見て、この男は一体、何を求めて祖国を離れ、プロのリングに身を投じたのだろう?と
根本的なところで不思議に思った、というのが正直なところでした。
率直に言って、アマチュアのリングで、それが五輪でも世界選手権でも、出る大会全部優勝して当たり前、
という圧倒的な実績と技量を誇ったリゴンドーは、その技量を12ラウンズの闘いに希釈しているだけではないのか。
プロのリングで、フライ級から4階級に渡って、強敵相手に、常に見る者の期待に応え、
時には期待以上のスペクタクルを提供することも再三ある、ノニト・ドネアとの一戦が、
何故これだけの注目を集める大試合となるのか、その所以を意に介さないこの闘いぶり。
私の目には彼の思惑通り、中盤まで明白なリゴンドー優勢に見えました。
しかし、果たして実際に下される判定が、その思惑に沿ったものになるとも限らないのではないか?
そんなことも心の片隅に思いながら、終盤に試合は進みました。
10回、打ち合いのアクションが終わった、と思ったリゴンドーにドネアの左フック。
苦闘の中にあっても、小さく足を踏み換えて叩き付けた一発で、リゴンドーが尻餅。
ダメージはないが、ドネアの攻勢が強まる。あとふたつ抑えたら、万が一があるのかも?と見えましたが、
最終回、勢い込んで攻めるドネアの出鼻に、見事に合わせたリゴンドーの左。
右目に異常を感じて反撃の手が緩んだドネアの、勝利の可能性がここで完全に消えたと見ました。
勝敗に関しては何の異議もない試合でした。
私の思う以上に採点は競っていて、ラストふたつをドネアが抑えていれば結果は逆だったようです。
その可能性は最終回、リゴンドーの左一撃で打ち砕かれたわけです。
ドネアは自分のミス、失策だったと語っていましたが、あの展開で、あの左を打たれることは
ミスと言うより致し方ないことでしょう。
別にバッティングなどのトラブルが起こったでなく、正当なパンチで勝利を決定づけたリゴンドーを
責める理屈など、何一つ思い浮かびません。しかし。
有り体に、バカがつくほど正直な気持ちを、以下に書きます。
この試合に私が見たかったものは、結局初回3分に全て凝縮されていたような気がします。
それ以降に起こったことは、事前の想像の範囲の中で、あまり望んでいなかったことがほとんど、でした。
試合を見終えて、一体自分は、何を求めてボクシングを見ているのかな、とぼんやり考えたりもしました。
結局、私はどちらが強いのかを見たいのであり、どちらが優秀であるかには興味がない観戦者なのかも知れません。
そして、ボクサーも人それぞれ、求める勝利の形は違うのだなぁ、と。
優勝劣敗の掟に従い、勝者となったギジェルモ・リゴンドーに対して、何も興味を失ったわけではありません。
プロモーター的目線(嫌な物の見方ですが)で見たとき、果たして軽量級最強と目される相手を下してなお、
彼の行く先に、その勝利に相応しい栄誉や対価があるのかどうか、ということも含め、
彼の今後に、一定以上の興味を持って、これからの彼の試合を見続けるでしょう。
しかし、どうしても彼の存在感が、ノニト・ドネア以上のものになったとも、私には思えません。
少なくとも、今後も彼の試合を熱心に追いかけて見よう、という気持ちは、
はっきりと、リゴンドーに対するそれを上回っています。
そして、再戦してどうこう、ということとはまた別に、彼らの今後と、その対比もまた、
見続けるに値する、興味深いものではないか、という気がしますね。