へーちょうなんだ。

ときどき書きます。
4コマ漫画「こねことへんないきもの」略して「こねへん」れんさいちゅう。

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今日の妄想:あのねおにいちゃん。編

2011-05-29 03:45:36 | にっき
あのねおにいちゃん。わたしはね、おにいちゃんがおにいちゃんだから妹なんだよ。
それってどういうことかわかる?
妹はね、うまれたときから死ぬまでずっと妹なの。あたりまえのことだよね。
それでねおにいちゃん、わたしはおにいちゃんがおにいちゃんだからおにいちゃんのことが好きなんだよ。ぎゃくに、もしおにいちゃんが今のおにいちゃんみたいなおにいちゃんじゃなくても、きっと好きになってたと思う。
つまりね、もし生まれ変わってわたしとおにいちゃんがきょうだいじゃなくなったら、かなしいことだけど、わたしはおにいちゃんのことを好きにならないかもしれない。
軽薄なやつだ、なんて怒らないでね。だってそれはしかたないことだから、おにいちゃんが好きなのはいもうとの宿命なのです。
それにね、おにいちゃんがおにいちゃんだからおにいちゃんのことが好き、っていうのは、つまり死ぬまでずっと好きだってことでもあるんだよ。
きょうだいっていうのは、つまりそういうことなのです。血が繋がっているっていうことは、そういうことなの。
だからわたしたちは、他人同士が好きになるようにはおたがいのことを好きにならないし、なれないんだ。それっていいことか、わるいことかはわからない。
だけどともかく、わたしはおにいちゃんのことが好きで、おにいちゃんもわたしのことが好き(だよね?)っていうこと。
それだけで、今はいいよね?
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今日の妄想:山手線メイド編

2011-05-28 00:40:32 | にっき
どじっこなメイドさんが山手線に載ったら日頃の疲れから座席で寝ちゃって、気づいたら一周して目的の駅に着いてたんだけど、全然そのことに気づかないで普通に降りたら時間が飛んでいるのに気づいて、帰ってくるなりあわてて駆け寄ってきて、
「ご、ご主人様!わたし、タイムリープしてね!?」
とか言い出して欲しい。
そしたら僕は、よく話を聞いてみて、どうやら単に山手線を一周しただけのようだ、ということに気づくけど、
「ああ、残念だがお前はタイムリープ体質になってしまったようだ。それを治す方法は俺が知っている。俺にまかせろ」
って言っていかがわしいこととかしませんよ?するわけないじゃないですか。ばか。
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今日の妄想:もうすぐ夏ですね編

2011-05-27 02:14:30 | にっき
春から夏へと移り変わるこの狭間、梅雨のあいだじめじめと気温が上がり下がりの6月あたりになると少しセンチメンタルなきぶんになる。
なんてちょっと詩的なことを言ってみたけど、要は寒くなったり暑くなったりめんどくさいからとっととぐうの音も出ないほど暑くなれよとそういうことです。
ぐうの音も出ないほど暑くなればきっと我が家のメイドさんとか妹とか幼馴染とか猫耳のアレとか委員長とかそういう類の魑魅魍魎的なアレらもみんな暑さに耐えかね気味になってくれて、自然と露出的な奴が増加傾向を呈することも確実であって、たとえばメイドさんなんか半袖どころかノースリーブのそれどこで買ったの的なメイド服を勝手に用意してたりして、いいんじゃないでしょうか。
いいと思います。
もうだめです。
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今日の妄想:妹と野球観戦に行ったら編

2011-05-25 09:36:05 | にっき
妹と野球観戦に行ったら僕らの応援している側のチームが幸先良く先制点をとって、先発投手の調子も良くてテンポよく三回まで終わる。
「勝てそうだな!」
僕は上機嫌だ。
「そうだね!」
妹も上機嫌だ。嬉しそうにホームランボールをキャッチするために持ってきたグローブをばしばし叩いている。(しかし、席は内野指定席だからホームランボールなんてとんでくるはずもないんだけど)
と、そこで雨が降り始める。
二人で慌ててスタンドの外の売店あたりで雨宿りをする。妹はもう雨にぬれてびしょびしょで、いろんなあれやこれが透けていちゃったりする。僕はそんなあれやこれを視界に入れないようにする。
「寒いな」
「寒いね」
「帰るか?」
「もうちょっと待とうよ」
 しかし、場内に試合中止のアナウンスが流れる。
「むぅ、残念……」
と彼女は悔しそうに手にはめたグローブをばしばし叩く。
「勝てそうだったのにな」
「ちがう」
と彼女は首を振って、こちらを上目遣いで見て、
「おにぃの嬉しそうな顔、もっと見たかった」
みたいなそんな感じで。
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今日の妄想:メイドロボ編

2011-05-23 23:47:34 | にっき
メイドロボというものについて考えた。
もしメイドロボにもロボット三原則が適用されたとする。
ロボット三原則ってのはご存知のとおり、アイザック・アシモフが作ったもので、
第一条 ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。
第二条 ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。
第三条 ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。
って奴だけど、もしこの第一条が精神面にも適用されるとしたら。
メイドロボがご主人様の心を傷つけることは許されない。
どんなにご主人様がダメでも、最低でも、すべてを受け入れて肯定し続ける。
そういうメイドロボは果たして人の役にたつと言えるのか?
甘やかすことが結果的にその人の害になるなら、広い意味でそのメイドロボは人間に危害を及ぼしているとは言えないのか?ってのはちょっと三原則の拡大解釈気味だけど、しかし無意味な議論ではないと思う。
なーんて、そんな議論は藤子F先生がドラえもんでとうの昔に通り過ぎた地点なんだけど。(「いたわりロボット」ってやつ)
という話はまあ置いといて、今度はメイドロボの外観について考えた。工業製品はすべてその目的や機能にかなったデザインというものを施される。例えば掃除機は掃除しやすいように、椅子は座りやすいように、鉛筆は書きやすいように。もしメイドロボがただ家事を自動でしてくれるだけの機械であるなら、お掃除ロボットルンバのような形で触手か何かがにょろにょろ伸びてくる形状でも問題はない。というよりそうするべきだろう。
しかし、家庭用工業製品のデザインには機能性だけじゃなくて、インテリアとしての見た目というものも重要になってくる。(というより、家電製品の多くが四六時中目にはいるものである以上、見た目も機能の一つなんだけど)
ここでメイドロボが人型である必然性、となるかもしれない消費者の要請が出てくる。いわく、「家に置いて恥ずかしくない形状というだけでなく、家に置いておいて誇らしい、ステータスになる形状をしていて欲しい」
そういう理由で人型にされるメイドロボが登場するかもしれない。「家政婦を十年雇う資金で三十年ずっと若く美しいまま働く機械家政婦を」なんてキャッチコピーがついて。
こういったメイドロボはたぶん、家政婦を雇う文化の残っている国々で登場するかもしれない。それならば当然、メイドロボは人間そっくりでなければならない。家政婦の代わりなのだから。見分けがつかなければつかないほうがいい。来客に家政婦が機械であることを悟られたくなくても、あるいは来客に家政婦が機械であることを自慢したくても(君が今口説こうとしたこの家政婦、実は機械なんだ!)、どちらにしてもそのほうが好都合だろうから。
しかし、単なる家政婦の代わりではないメイドロボを求める人の存在することを、僕らは知っている。それはすなわち、「メイドロボ」という記号、属性そのものを求める人、簡単に言えば僕らオタクだ。
メイドロボ、欲しいじゃん。なんかメイドロボっていいじゃん。そういう意見の人たち。別に家政婦の当たり前にいる文化に育ったわけじゃない。だからリアルなメイドなんて知らない。二次元作品の中のメイドを、あるいはメイドロボのみを知っている僕たち。
そういう連中にとってはメイドロボは人間と見分けがつかないほどに精巧である必要はない。テディベアが少しもリアルでないのと同じように、ぜんぜんリアルじゃなくたって、できるだけ可愛く作ってもらった方が嬉しいのだ。(たぶんね)
行動パターンだってちょっとくらいドジだったり、主人の命令を聞かなかったり、わがままを言ったり、の方がいい。絶対。僕はそのほうがいい。
単なる家政婦の代わりであるメイドロボは、あくまで代替物に過ぎない。意味に満たされている。しかし、「メイドロボ」としてのメイドロボは、なんの代わりでもない。意味なんてない。ただ、記号そのままの存在だ。とかなんとかバルトの表徴の帝国の受け売りで日本文化論をぶとうと思ったけどうまくできなそうだからやめる。
とりあえず結論として、もし世界的にメイドロボが普及したとしても、たぶん日本はまたガラパゴス化するんだろうなーって思ったりした。まる。
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