アリの一言 

天皇制、朝鮮半島、沖縄の現実と歴史などから、
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陸上自衛隊の「黎明之塔」参拝中止は何を示すか

2022年06月25日 | 沖縄・米軍・自衛隊
  

 24日付の琉球新報、沖縄タイムスによると、毎年23日(「沖縄慰霊の日」)の未明に沖縄の陸上自衛隊(第15旅団)のトップらが行っていた「黎明之塔」参拝が、今年は見送られました(写真左は沖縄タイムス)。これは何を意味しているでしょうか。

 「黎明之塔」は沖縄戦で多くの住民を死に追いやった帝国陸軍第32軍司令官・牛島満と参謀長・長勇を祀った塔です。
 6月23日は牛島と長が自害した日とされています。この日が「慰霊の日」とされているのはそのためで、そういう由来でこの日を「慰霊の日」とすることには賛成できません。

 牛島・長の自害は午前4時半ごろとされており、旅団長らはこの時間に制服を着て「黎明之塔」に参拝してきました(写真中は2020年)。参拝は1976年から始まりましたが批判を受けていったん頓挫し、2004年から復活しました。「中止」は2004年以来初めてです。

 なぜ「中止」したのか。沖縄タイムスの取材に、15旅団は「プライベートなことで答えられない」(24日付沖縄タイムス)としていますが、今月9日付琉球新報の記事の影響であることは間違いないでしょう。

 自衛隊・防衛省はこれまで「黎明之塔」参拝は「プライベート」なことで自衛隊の組織とは無関係だと言い張ってきました。しかし、琉球新報の記事は、実際は参拝の人数などが逐一自衛隊トップに報告されており、参拝は陸自の組織的な行動であることを証明しました(10日のブログ参照)。

 「プライベートな参拝だ」と言い逃れしてきたものが組織的だったことがバレた。そのとたんに「中止」。これは参拝が陸自の組織的なものであることを自ら認めたことにほかなりません。

 政府・防衛省は、沖縄をミサイル基地化するにあたり、自衛隊への反感・反発が強まることを警戒しています。牛島・長を祀る「黎明之塔」への陸自の参拝は、自衛隊と旧日本軍の一体性を示すもので、それはこの時期、いかにもまずいというのが参拝を中止させた政府・防衛省上層部の判断でしょう。

 ちなみに、23日夜のNHK「時論公論」(NHK解説委員による論評)は、「今問い直したい“沖縄と自衛隊”」と題し、沖縄における自衛隊の「反発の背景」に「旧日本軍との“同一視”」があると言っていました。沖縄の自衛隊を増強するうえで、「旧日本軍との同一視」が障害になるとNHK的に“解説”したものです。

 しかし、いかに隠そうとしても、自衛隊が旧帝国日本軍を深く継承していることは紛れもない事実です。それを端的に示しているのが「旭日旗」です。

 帝国日本軍の侵略戦争・植民地支配の文字通り旗印となった「旭日旗」。自衛隊は1954年の発足以来、陸自がこれを「自衛隊旗」、海自が「自衛艦旗」(写真右)とし、今日に至っています。

 以前(2018年10月)、韓国でおこなわれた国際観閲式に出席する海上自衛隊に対し、韓国政府が侵略戦争・植民地支配の象徴である「旭日旗」の掲揚を自粛するよう求めたことがあります。
 それに対し、自衛隊トップの河野克俊統合幕僚長(当時)は会見でこう言いました。「海上自衛官にとって自衛艦旗(「旭日旗」)は誇りだ。降ろしていくことは絶対にない」(2018年10月6日付朝日新聞)
「旭日旗」、それに象徴される旧帝国日本軍との血脈は、自衛隊の「誇り」でありアイデンティティなのです。

 そしていま、旧帝国日本軍の“伝統”を継承する自衛隊は、第32軍が沖縄住民の4人に1人を死に追いやった歴史を踏襲するかのように、沖縄をミサイル基地化し、島民を巻き込んで、新たな戦争の最前線にしようとしています。それが軍隊・自衛隊の本性です。

 沖縄のミサイル基地化阻止はもちろん、いまこそ「軍隊は住民を死に追いやる。自衛隊は憲法違反の軍隊」という事実を広範な世論にしていくときです。それこそが沖縄戦犠牲者に対するほんとうの「慰霊」ではないでしょうか。


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