アリの一言 

天皇制、朝鮮半島、沖縄の現実と歴史などから、
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米大統領選と日本政治の前途

2020年10月01日 | 日本の政治と政党

    
 9月30日午前10時(日本時間)から行われた米大統領選のトランプ大統領(共和党)とバイデン前副大統領(民主党)の「討論会」を中継で見ました(写真左)。ルール無視の中傷合戦。あきれるばかりでした。

 しかし、私たちにとって重要なのは、この大統領選をめぐる米政治の劣化・退化はけっして対岸の火事ではないことです。

 トランプ氏とバイデン氏の「討論会」の醜態は、両氏とりわけトランプ氏の資質・人間性によるものだけでなく、構造的な問題です。たとえかみ合った討論が行われたとしても、そもそもこの選挙にアメリカ政治の根本的転換は期待できません。それは両氏、というより共和党と民主党の間に、政策上の根本的違いはないからです。

 どちらが政権を執ろうと、アメリカの覇権主義・大国主義、核戦略は変わりません。日本との関係では、日米安保=軍事同盟強化による日本の軍事分担、基地負担(辺野古をはじめ)、米軍駐留経費(「おもいやり予算」)の負担要求、米国本位の貿易圧力などは変わりません。それはこれまでのオバマ(民主)、クリントン(民主)、レーガン(共和)、ニクソン(共和)の歴代大統領を振りかえるだけで明らかです。

 その根源は、2大政党制(保守2大政党制)というアメリカの政治制度にあります。この制度の下では、少数政党は絶対に政権に参画できません。結果、民主と共和の間で政権たらい回しが繰り返されます。

 重要なのは、こうしたアメリカの保守2大政党制に倣って、その道を突き進もうとしているのが日本だということです。

 2大政党制をつくる選挙制度が小選挙区制です。すでにその軌道は敷かれています。次に行われようとしているのは、自民党(公明党はその補完物)という1極に「対抗する」という名目での野党の1本化(統合)です。それが「野党共闘」という名で進行していることです。

 現在日本で行われている(さらに進行しようとしている)「野党共闘」とは、野党第1党(立憲民主党)への他の野党の糾合にほかなりません。菅義偉氏を選出した先の国会の首班指名で、日本共産党はじめほとんどの野党が枝野幸男氏に投票したのはその表れです。

 もう1つ、知らない間に既成事実化されようとしている重大問題があります。それは国会運営をめぐる与野党協議が、自民党と立憲民主党の2党間協議になっていることです。これまではそうではありませんでした。各党の国対委員長が集まって協議していました。それがいつの間にか2党だけの協議(談合)で国会運営(開会・閉会日程はじめ)が決まるようになりました(写真中)。これは国会運営上不当であり、異常です。それが既成事実になろうとしている。これは日本版2大政党制の前兆にほかなりません。

 政策二の次のこうした「野党共闘」(「野党統合」)、そしてその根源である小選挙区制。その陰の仕掛け人は、いずれも小沢一郎氏(写真右)です。共産党が小沢氏と接近するようになって同党の「野党共闘」路線も変質してきました。

 問題は、こうした2大政党制に対抗し、別の道を主張する論調(学者・識者)がすっかり鳴りを潜めていることです。日本のメディアは程度の差はあれ、すべて小選挙区制賛美・2大政党制推進です。

 かつて(特に1970~80年代)はそうではありませんでした。2大政党制に対抗する政治制度の主張がありました。それは多党制であり、それを保障する選挙制度が比例代表制です。少数でも多様な意見・思想・政策の政党が国会内で一定の勢力をしめ、それが国政に反映する。政党間共闘は政策の一致による共闘となり、少数政党の政策も生かされる。それが多党制であり、比例代表制です。故・岡野加保留氏(元明治大学長)らを中心に主張され、日本共産党の政策も基本的にそうでした。それがいまやすっかり姿を消しています。

 このままでいいのか。アメリカ流の保守2大政党制でいいのか。原点に立ち戻って考える必要があります。米大統領選の醜態、アメリカの混迷が私たちに示しているのはそのことではないでしょうか。

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