アリの一言 

天皇制、朝鮮半島、沖縄の現実と歴史などから、
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辺野古「撤回」は「公益撤回」でなければならない

2018年07月17日 | 沖縄・翁長・辺野古・...

     

 那覇の沖縄県庁前では15日から、翁長雄志知事に辺野古埋立承認の「即時撤回を求める座り込み」が行われています(写真左、16日付琉球新報より)。

 辺野古新基地に反対する3つの市民団体が主催しているもので、「任期が終わろうとしているのに(翁長)知事は一向に撤回の動きがない」(山内徳信氏、14日付琉球新報)ことに怒りを抑えきれない行動です。きわめて遅まきながら、翁長知事に的を当てた抗議行動が行われている意義は小さくありません。

 ただ、ここで留意しなければならないのは、同じ「撤回」という言葉でもその内容は2種類あり、一方の「撤回」はけっして評価できないばかりか、逆に安倍政権の思うつぼになる危険性があることです。

 2種類とは、「要件撤回」と「公益撤回」です。

 「要件撤回」とは、国が「埋立承認」で確認されている手続きを守っていない、だから「承認」は無効だ、というもの。国の行政手続き上のミスを理由とする、いわば「行政的撤回」です。

 これに対し「公益撤回」は、辺野古に新基地を造ること自体が県民の民意(公益)に反している、「埋立承認」は誤りだった、だから撤回する、というもので、いわば「政治的撤回」です。

 どちらが本来行うべき「撤回」であるかは明りょうでしょう。そもそも4年前の知事選で翁長氏を当選させたのは、辺野古新基地反対の民意であり、基地建設(埋立承認)自体が誤りだという県民の意思です。「公益撤回」こそ県民が求めた撤回だったことは明らかです。

 県内の専門家による「撤回問題法的検討会」(新垣勉氏ら)の翁長氏に宛てた「意見書」(2015年5月1日)でも「公益撤回」を行うべきだと提言しました(写真中)。
 ところが安倍政権が埋立工事を強行しようとするのと並行して、なぜか「公益撤回」の声が小さくなり、新基地反対の民意まで疑問視する傾向が強まり、ついに「県民投票運動」にまで至りました(その先頭に立っているのがなんと「法的検討会」の新垣勉氏です)。

 新基地反対の民意に対するこうした揺さぶりは、翁長氏の「撤回」棚上げと軌を一にしており、この3年余の経緯はきわめて政治的な動きだったと言わざるをえません。

 そしていま、翁長氏が「撤回」すると言っているのは、「公益撤回」ではなく「要件撤回」です。
 「撤回を巡っては…県は国の手続きの不備を理由とする『要件撤回』の準備を進めている」(13日付沖縄タイムス)

 「要件撤回」は行うべきではありません。大きな理由は2つあります。

 第1に、「要件撤回」は埋立承認自体を否定するものではなく、したがって承認は正しかったという前提に立っているからです。これは根本的に誤っています。
 問われるべきは、辺野古・沖縄に新基地を造ることの是非であり、必要なのは承認自体が誤りだったという立場に立って撤回することです。

 第2に、「要件撤回」は安倍政権の思うつぼだということです。彼らにはその”成功体験“があります。翁長氏が「撤回」ではなく、やはり「国の手続きの不備」を理由におこなった「承認取り消し」です。これに最高裁は、国に手続き上の不備はなかったという判決(2016年12月20日)を下しました。
 この裁判は、「手続きの不備」が争われたにすぎずけっして新基地(埋立)自体の是非を争ったものではありません。この判決であたかも新基地が容認されたかのように言うのは安倍政権の完全なごまかしです。  

 政府はバカではありません。「手続き上の不備」で提訴されて負けるようなことはしません。それでなくても司法の右傾化の中です。「手続き」で争うなら絶対に負けないということを政府(安倍政権)はやってきています。その結果がこの最高裁判決です。

 仮に今度また「手続き上の不備」を争う「要件撤回」を行うなら、敗訴の確率はきわめて高いと言わねばなりません。「手続き」の中にはサンゴ移植に伴うものもありますが、それを翁長氏は自ら許可し国にお墨付きを与えたではありませんか(13日)。

 「要件撤回」で敗訴すれば、「撤回」という最後の切り札を失うだけではありません、沖縄県(県民)は、埋め立て承認自体すなわち新基地建設自体は否定しない(肯定・容認)まま、2度も裁判で敗訴し、終わった、ということになるのです。
 仮に勝訴しても、それは国に「手続き上の不備」があったというだけで、新基地建設自体の誤りを認めさせたことにはなりません。安倍政権は「不備」を是正して再度埋立申請をするでしょう。その時県はこれを拒否できません。

 もちろん、「公益撤回」で裁判になったとしても、勝訴できる保証はありません。むしろ今の司法状況では難しいでしょう。しかし、裁判はたたかいのごく一部にすぎません。たとえ司法的に敗訴しても、政治的に勝つことはあります。それは、「公益撤回」で新基地建設自体の是非を争い、それがいかに民意、そして沖縄・日本・アジアの平和と民主主義、市民の生活に逆行するものであるかを日本中、世界中に問い、安倍政権を糾弾し追い詰めること、その世論を広げることです。
 こうした政治的な撤回、政治的なたたかいこそが必要なのではないでしょうか。

 「要件撤回」はたたかいの本質から逸脱したものであり、翁長氏に「私は任期中に撤回した」というアリバイ・逃げ口上をあたえるだけです。

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