<14日> 午後5時37分 皇居。大嘗祭悠紀殿(ゆきでん)供せんの儀に参列。
<15日> 午前0時32分 皇居での大嘗祭主基殿(すきでん)供せんの儀に参列。
午前3時38分 参列を終え、公邸。
<16日> 午前11時41分 皇居。大饗(だいきょう)の儀に参列。
午後2時1分 東京・富ヶ谷の私邸。
これは新聞に発表された安倍晋三首相の「動静」です。安倍氏が徳仁天皇の即位に伴う「大嘗祭」に参列することは分かっていましたが、この日程には改めて驚きました。
14日午後6時の「大嘗祭」開始前から皇居に入り、翌午前3時過ぎという異常な時刻に終わるまで、9時間以上も皇居に居続けたわけです。その間、ベールに包まれて何も見えない秘儀が終わるのをただひたすら待っていた(写真左)。これが日本の総理大臣の姿です。
さらに翌16日には、再び皇居に駆けつけ、2時間余、「大饗の儀」に参列し、天皇の「いやさか」を願うという祝辞を述べました(写真右)。
「大饗の儀」とは、前日に天皇が悠紀殿・主基殿で天照大神と共に食したという供物のおさがりを振る舞う行事です。
この3日間、安倍氏はまさに「大嘗祭」三昧だったといえるでしょう
「大嘗祭」は改めて言うまでもなく、明白な宗教(神道)儀式です。その宗教行事に首相ら「三権の長」や閣僚などが参列するのは、「国及びその機関は…宗教活動もしてはならない」とする憲法(第20条)に反することは明らかです。
加えて、「大嘗祭」への「参列」はけっして対等な参加ではありません。天皇が行う秘儀が終わるまでただ場外で控えているということです。そして天皇のお下がりの供物を食べる。それはまさに、天皇と臣下の関係にほかなりません。主権在民の憲法原則に反していることは明白です。
しかも安倍氏が「大嘗祭」三昧だったこの3日間は、安倍氏が政府主催の「桜を見る会」を自分の後援会活動に私物化してきたことが明るみに出て、説明責任が厳しく問われている、まさにそのさ中でした。
安倍氏は野党側が要求している国会での集中審議などには背を向け、説明責任にほうかむりし、皇居に逃げ込んだのです。そして、「国事行為」でもない天皇の宗教儀式に3日間入りびたった。首相としての、政治家としての資格を根底から喪失していると言わねばなりません。
同時にこのことは、天皇の儀式が首相の逃げ場になったことを意味します。「大饗の儀」での祝辞は安倍氏の疑惑イメージを緩和する役割を果たしたかもしれません。
安倍首相の「大嘗祭」三昧は、安倍氏による天皇(制)政治利用の一環であり、天皇の儀式が政権を助ける役割を果たしたともいえるでしょう。