アリの一言 

天皇制、朝鮮半島、沖縄の現実と歴史などから、
  人権・平和・民主主義・生き方を考える。
   

日米安保条約廃棄を棚上げする「沖縄反基地」運動

2022年05月18日 | 沖縄と日米安保
   

 「復帰50年」で、基地負担が続く沖縄の現状があらためてクローズアップされました。岸田文雄首相でさえ15日の「式典」で、「沖縄の基地負担軽減」を口にせざるをえませんでした。もちろんそれは口先だけですが、問題は、政府を批判する「平和・民主」勢力の「反基地」運動にも、重大な欠陥があることです。

 それは、在日米軍基地の元凶である日米安保条約(軍事同盟)廃棄の主張を一貫して棚上げしていることです。

 玉城デニー沖縄県知事は15日の「式典」で、50年前の「屋良(朝苗)建議書」に代わって新たな「建議書」を政府に提出したことに触れました(写真右)。しかしその「建議書」は、安保条約はもちろん、自衛隊についても、「屋良建議書」にあった「配備反対」は落とされています。

 7日の記者会見でその点を突かれた玉城氏は、「私は日米安全保障を認める立場であり、専守防衛という名目における組織としての自衛隊を認めている」(8日付沖縄タイムス)と公言しています。

 玉城氏はもともと安保・自衛隊擁護論者ですが、問題は玉城氏だけではありません。

 15日には官製式典に抗して県民大会が行われ、「基地のない沖縄の実現を」とする「大会宣言」が採択されました(写真左=沖縄タイムスより)。
「宣言」は、「沖縄は米軍と自衛隊、日本の軍事要塞と化している」と指摘しながら、安保条約には触れず、逆に、「抑止力は万能ではない」としています。これは「日米同盟の抑止力」という日米両政府の言い分を限定的にせよ認めるものといえます。

 琉球新報と沖縄タイムスは15日付で、松元剛、与那嶺一枝両編集局長の「特別寄稿」、16日付で「社説」を掲載しましたが、いずれも安保条約の是非・廃棄についてはまったく触れていません。

 沖縄の基地を「本土で引き取るべきだ」という主張と運動があります。私はそれには賛成ではありません。それでは安保条約廃棄へ向かうことにならないと考えるからです。

 ただ、「世論調査で8割が日米安保条約を支持している以上」基地は沖縄に押し付ける(沖縄差別)のではなく「本土」が「引き取る」べきだという主張には一理あると思っています。あくまでも日米安保廃棄へ向かう運動の一環であればです。

 しかし、実際はそうなっていません。「辺野古を止める!全国基地引き取り緊急連絡会」は13日記者会見し、沖縄への基地集中の見直しを求める意見書を全国の地方自治体で採択するよう働き掛ける活動を始めたと発表しました。報道の限りではその中に「安保条約廃棄」の主張は入っていません。

 そんな中、注目されたのは15日の琉球新報、沖縄タイムス両紙に掲載された「命どぅ宝 基地のない平和な沖縄そして日本へ」という見出しの1面意見広告です(写真中)。

 「沖縄意見広告運動(第13期)」による意見広告ですが、その中に、「基地負担を強いる構造的な沖縄差別と海兵隊の駐留、在日米軍基地存続の根源にある日米安保条約を廃棄し、米軍基地撤去、日米平和友好条約を結ぶための対話と交渉を始めることを求めます。」とあります。画期的な主張です。

 ところがその個所の見出しは、「沖縄に基地負担を強いる「この国のあり方」の根にある日米安保条約を変えよう!」です。「変えよう」は「改正」であり「廃棄」ではありません。なぜ見出しを本文通り「廃棄」にしなかったのか、不可解です。主催グループの迷走がうかがえます。

 岸田首相は「式典」で「日米同盟の抑止力」を強調し、バイデン米大統領は「式典」へのメッセージで、「日米同盟はかつてなく強固」だと誇示しました。ウクライナ情勢を利用して日米両政府が日米軍事同盟を実戦的に強化しようとしているいま、「反基地」を「日米安保条約廃棄」に躊躇なく繋げることが死活的に重要になっています。
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