アリの一言 

天皇制、朝鮮半島、沖縄の現実と歴史などから、
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天皇即位「パレード」の超法規

2019年11月11日 | 天皇・天皇制

    

 10日の徳仁天皇・雅子皇后の「即位パレード」(「祝賀御列の儀」)は、「即位礼正殿の儀」(10月22日)と同じく「国の行事」(国事行為)として行われました。「正殿の儀」が明白な宗教儀式で憲法の政教分離や主権在民の原則に反することが比較的分かりやすかったのに対し、「パレード」には問題がない(そもそも「即位の礼」が国事行為とされていること自体の問題を除き)ようにみえますが、はたしてそうでしょうか。
 実際は、「即位パレード」も憲法原則や法律を無視した超法規的行事として強行されました。

 第1に、言論・集会、表現の自由など市民の基本的人権が著しく侵害されたことです。

 パレード観覧者には「持ち込み禁止」と「禁止行為」が義務付けられました。
 「持ち込み禁止」となったのは、①ドローン②大型荷物③脚立④カメラ三脚⑤自撮り棒⑥酒類⑦横断幕⑧チラシなどです。「禁止行為」は、⑨音を出す行為⑩子どもの肩車⑪プラカードでのアピールなどです。

  百歩譲って①~④は「セキュリティ対策」だとしても、「自撮り棒」まで禁止する必要があるでしょうか。「子どもの肩車」を禁止したのはなぜでしょうか。「安全対策」だとしたらいかにも過剰ではないでしょうか。

 決定的に問題なのは、⑦⑧⑪です。これらに「セキュリティ対策」は通用しません。「パレード」「天皇制」に対する反対・抗議を封じたものにほかなりません。天下の公道でこれらの行為を禁止するのは、明白な言論・集会、表現の自由の侵害です。

 観覧希望者への限定的な処置だといって合理化することはできません。「パレード」は閉じられた建物の中ではなく、天下の公道で行われたものであり、表現の自由を規制することは許されません。
 しかも、これらの規制が観覧希望者に対してだけ行われるわけではないことは明らかです。仮に観覧ブースから50m離れた路上で、「天皇制反対」「徳仁天皇はやめよ」というプラカード持って立っていたらどうでしょう。警備の警察が飛んできて追い払われ、場合によっては逮捕される可能性すらあります。

 「即位パレード」は、「国民」から言論・集会・表現の自由、基本的人権を奪った異常空間の中で強行されたことを銘記する必要があります。

 第2に、天皇・皇后が乗ったオープンカーです。これにはナンバープレートがありません。ナンバーの代わりについているのは皇室の菊の紋章です(写真右)。

 道路運送車両法第73条は、車にナンバープレートを装着することを義務付け、「表示しなければ、これを運行の用に供してはならない」と明記しています。違反すると50万円以下の罰金です。
 天皇・皇后が乗って公道を走る車にはナンバープレートはつけなくてもよいという例外措置は、いったいいつの国会でどういう議論で決まったのでしょうか。議論されていません。天皇・皇族といえどもなし崩し的脱法行為が許されないことは言うまでもありません。

 こうした憲法原則蹂躙、法律無視は、(象徴)天皇制に賛成か反対かの問題ではありません。それ以前の原則問題です。かりにも「憲法にのっとり」と言うのであれば。

 ところが、こうした問題をメディアが取り上げることはなく、市民も疑問を抱かず、堂々とまかり通っています。しかも「国の行事」として。
 そこにあるのは、天皇・皇室に関するものは何でも、何をしても許される、問題にされない、しない、という思考停止であり、「菊(天皇)タブー」です。

 これこそ天皇制の本質であり、国家権力(政権)が天皇(制)を政治利用する根拠です。だからこそ天皇制は廃止しなければならないのです。


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