アリの一言 

天皇制、朝鮮半島、沖縄の現実と歴史などから、
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ピッチの外ではドイツチームの勝利

2022年11月26日 | スポーツと政治・メディア
   

 サッカーW杯で日本がドイツに勝利した(23日)ことで、日本中が沸き立っている、とメディアは報じています。確かに、「日本の勝利」は番狂わせで歴史的なことかもしれません。

 しかし、W杯は試合の勝敗だけが問題なのでしょうか。。

 開催国・カタールが外国人労働者や性的少数者(LGBTQ)に対する人権侵害を繰り返していることに対し、欧州では批判・抗議の声が広がっていることは知られていますが(21日のブログ参照)、その中心にいるのがドイツです。

 23日の日本との対戦直前にも、こんなことがありました。

「試合開始前、ドイツの出場選手11人が右手で口を覆って集合写真に写った。多様性や差別撤廃を訴える「One Love」と書かれたキャプテンマークの着用を国際サッカー連盟(FIFA)が認めなかったことに対する抗議だという」(24日付朝日新聞デジタル、写真左も)

 ドイツやイングランドなど欧州7チームの主将は、カタールの性的少数者差別に抗議するキャプテンマーク(写真中)を付けて出場する予定でした。ところが、FIFAが21日になってそんな腕章を着けて試合に出ればイエローカードなどの制裁を科すと通告。「One Love」のキャプテンマークは着けられることがありませんでした。その「口封じ」に抗議したのが、口を覆った集合写真だったのです。

「ドイツサッカー連盟はキックオフ直後にツイッターで、「私たちは腕章を使って、ドイツ代表が掲げる多様性や互いを尊重するという価値観を示したかった」とツイート。口を覆った集合写真も投稿した上で、「政治的な主張をしたかったわけではない。ただ、人権は何にも譲れないもの。腕章を認めないことは、私たちの声を認めないことと同じだ。私たちは自分たちの立場を貫く」と訴えた」(同)

「One Love」の腕章は、キャプテンに代わってスタジアムで観戦したドイツのフェーザー・スポーツ相が腕に巻きました(写真右の右)。

 一方、24日のANN(テレビ朝日系)ニュースによれば、日本とドイツの試合が行われていたとき、競技場の外では日本を応援するカタールの人が多かったそうです。日本を応援したのは、性的少数者差別に抗議したドイツチームに反発したカタール市民だったと記者は伝えました。
 
 スポーツで試されるのは勝敗だけではありません。とりわけW杯やオリンピックなど国際的大会は、それを実施するなら、平和や人権尊重を前進させるものであるべきです。開催誘致を巡る買収の根絶はもちろん、国家権力の政治的思惑、偏狭ナショナリズムとも無縁であるべきです。

 その点で、今回のカタールW杯は多くの問題を含んでいます。ドイツはじめ欧州・豪州の選手たち、連盟の批判・抗議は重要な問題提起です。

 日本はどうでしょうか。外国人労働者や性的少数者の権利侵害・差別に対して批判した選手がいたでしょうか。連盟はなんらかの見解を示したでしょうか。メディアも朝日新聞が21日付社説で「FIFAとカタール政府は改善に取り組み、説明責任を果たしていく必要がある」と主張した以外は、読売新聞も毎日新聞も社説で「ドーハの歓喜」を期待するばかりです。日本の勝利に歓喜している日本市民は、カタールW杯の暗部に目を向けているでしょうか。

 日本はピッチの中では「歴史的な勝利」をあげたかもしれませんが、ピッチの外では旧態依然の殻を破れず、ドイツに完敗したと言わざるをえません。
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