アリの一言 

天皇制、朝鮮半島、沖縄の現実と歴史などから、
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ラグビーW杯・「君が代」より「ビクトリーロード」

2019年10月15日 | 国家と文化・芸術・スポーツ

     

 ラグビーW杯は「日本代表」の快進撃で盛り上がっているようですが、見過ごせない問題があります。日本チームの結束を生むために「国歌」(「君が代」)が利用されているというのです(写真左は試合前に「君が代」を歌う「日本代表」)。

  「日本代表」の快進撃を支えているのは、リーチ・マイケル主将をはじめとする外国人選手です。31人の代表メンバーのうち15人(48%)が外国出身といいます。外国人選手の比率が高いのは、「3年以上継続、または通算10年以上居住」すればその国の代表選手になれるというラグビー独特のルールによるものです(今大会以後、3年は5年に変更)。それはラグビーがイングランドで生まれ、イギリスの植民地各地に広がった歴史に由来するとされています。

 「日本人であろうが、外国人であろうが、日本で活躍する選手を代表に呼ぶ(招へいする―引用者)のは自然なこと…。ラグビーのよさの一つが異なるルーツを持つ仲間たちと一緒に戦うこと」(日比野弘元日本代表監督、山川徹著『国境を越えたスクラム』中央公論新社)と言われるゆえんです。

  そのため「日本代表」としてのまとまりをつくる必要があるとして、「国歌」(「君が代」)に最初に着目したのは、リーチ選手の実業団チームの先輩でもある前日本代表主将の廣瀬俊朗氏だといわれます。

 「『お互いに認め合える場』の一つとして取り組んだのが、国歌である。廣瀬は…リーチと『強いチームとはどんなチームなのか』話し合った。そこで注目したのが国歌だった。…廣瀬らリーダーが中心となり、合宿中に国歌の練習を行って、歌詞の意味を教えた。『日本の繁栄を願う歌だと話しました。そして日本の未来のために、ぼくらは何ができるのか…』(廣瀬氏―引用者)」(前掲『国境を越えたスクラム』)
 廣瀬氏やリーチ氏は、「君が代」が「日本の繁栄を願う歌」だと思い込み、他の外国人選手にもそう「教えた」というのです。

 これは「君が代」に対する大変な誤解(無理解)です。

 「君が代」は、「近代では天皇を寿ぐ歌、また天皇の治世を祝う歌」(『天皇・皇室辞典』岩波書店)です。
 政府の1941年版『初等科修身二』では、「君が代」の歌詞について、「『天皇陛下のお治めになる御代は、千年も万年もつづいて、おさかえになりますやうに』という意味で、国民が心からおいはい申しあげる歌」と説明されています(佐藤文明著『「日の丸」「君が代」「元号」考』緑風出版)
 戦後の新憲法の下でも、1999年9月に改訂された『小学校学習指導要領解説』で、「国歌『君が代』は…天皇を日本国及び日本国民統合の象徴とする我が国の繁栄と平和を祈願した歌である」と明記されています(前掲『天皇・皇室辞典』)。
 「君が代」はあくまでも“天皇賛美の歌”なのです。

 そんな歌が、スポーツに、とりわけ外国人選手が半数を占めるチームにふさわしくないのは明白です。代表選手の中には帝国日本が「日の丸」と「君が代」をテコに植民地支配した韓国出身の選手もいます。
 廣瀬氏やリーチ選手が「君が代」の本当の意味を知っていれば、チームの団結のための歌などにはしなかったのではないでしょうか。

 そう思っている時、興味深い話を聞きました。実際にラグビー「日本代表」の士気を高め団結を強めている歌があるというのです。しかしそれは「君が代」ではありません。選手たちが「ビクトリーロード」といっている歌です。
 ジョン・デンバーなどが歌った「カントリーロード」の曲に日本代表候補の山本幸輝選手が歌詞を付けた替え歌で、「この道ずっとゆけば 最後は笑える日がくるのさ」と歌います。SNSで拡散し、ファンの間でも広まっているとか(写真中)。事実、スコットランド戦で歴史的勝利を収めたあと、選手たちはフィールドで円陣を組んでこの歌を歌っていました(写真右)。

  選手とファンが一体となって歌い、士気を高め、勝利を喜び合う歌。それは「ビクトリーロード」なのです。「君が代」にその役割は到底果たせません。
 仮に「国歌」なるものが必要だとしても、「天皇賛美」の「君が代」が不適切なのは言うまでもありません。ましてスポーツに、とりわけ多国籍共生のラグビーに、「君が代」が似つかわしくないのは明白です。


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