アリの一言 

天皇制、朝鮮半島、沖縄の現実と歴史などから、
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ハンセン病強制隔離と朝鮮差別

2018年05月29日 | 朝鮮と日本

     

 先にハンセン病強制隔離と天皇制の関係についてみましたが(5月22日のブログ参照)、強制隔離が戦後も、「らい予防法」が廃止される(1996年)まで続いた異常な歴史の背景には、もう1つ見落とすことのできない問題がありました。それは、朝鮮に対する蔑視・差別がハンセン病強制隔離政策のてこになったことです。

 ハンセン病強制隔離の歴史をみるうえで欠かせない人物がいます。光田健輔(1876~1964、医師・国立ハンセン病療養所長島愛生園<岡山・写真中>初代園長)(写真左は長島愛生園に建てられた光田の胸像-藤野豊著『戦争とハンセン病』吉川弘文館より)

 「ハンセン病国家賠償裁判で原告の元ハンセン病患者側が勝訴し(熊本地裁―引用者)、国は謝罪し、賠償金を支払うということが決定した2001年6月の時点で、では誰がその主犯なのかと問われると、ひとつの答えとして光田健輔という個人名があがる」(徳永進氏・医師『ハンセン病-排除・差別・隔離の歴史』岩波書店)

 「権力と一体になって、ハンセン病患者を隔離し、その隔離のための療養所作りに奔走したのが…光田健輔であった」(山岸秀氏『差別された病』かもがわ出版)

 戦後、特効薬プロミンの開発もあって、厚生省(当時)内には絶対隔離政策を見直そうとする機運がありました。これに対し、「これまで絶対隔離政策の推進の中心となってきた長島愛生園園長光田健輔は、これに猛反対した」(藤野豊氏『戦争とハンセン病』吉川弘文館)のです。

 光田はたんに反対しただけではありません。国会の参考人質疑(1951年11月8日、参院厚生委員会)で、「どうしても収容しなければならんというふうの強制の、もう少し強い法律にして頂かんと駄目だ」(藤野氏前掲書より)と、「癩予防法」を改悪して強制隔離を強化することを要求したのです。光田がその口実にしたのが、「朝鮮」でした。

 「なぜ、光田はこのように絶対隔離政策の強化を求めねばならなかったのであろうか。その背景には朝鮮戦争(1950年~53年休戦―引用者)があった。
 当時は朝鮮戦争の渦中であった。日本が朝鮮を植民地統治していた時代、朝鮮総督府は全羅南道の小鹿島に小鹿島更生園を設置し、朝鮮のハンセン病患者を隔離した。戦後、この更生園は韓国政府の管理下に入るが、朝鮮戦争により、韓国政府はここを維持できなくなってきた。
 光田は『今日一番私どもが困ることは、朝鮮の癩患者が昔の日本の浮浪者の代わりをしておって、これが盛んに内地に伝播せしめておる』と慨嘆した。すなわち、管理が不可能となった小鹿島からハンセン病患者が脱走し、日本に流入しているというのである。
 光田はこうした患者も日本各地に未収用なまま『沈殿』しているという。そして、『私は沈殿している全国の患者を極力療養所に入れるためには法の改正をする必要があるという意見であります』と明言した(『第十二回国会参議院更生委員会会議録』)」(藤野氏、前掲書。改行は引用者)

 「光田は、韓国・朝鮮人への強い民族的差別感情を背景に、朝鮮半島から多数のハンセン病患者が日本に密入国するという風評を煽り、それをひとつの理由として隔離の強化を主張していた」(藤野豊氏「無らい運動と宗教」『ハンセン病絶対隔離政策と日本社会』六花出版所収)

 光田の隔離強化の主張の根底にあるのは、民族差別思想でした。

 「光田は医師として感染症の隔離を進めようとするだけではなく、隔離を『隔離の思想』にまで高める。そして隔離の思想は、医師としては超えてはいけない一線を超えるようになる。それが彼の言う『祖国浄化』という民族浄化思想である。…天皇の国、『神の国』に不浄の存在は許さない、という思想となる」(山岸秀氏、前掲書)

 光田の「祖国浄化」思想が戦前の天皇制帝国日本で尊重されたのは合点がいきますが、その光田が新憲法下の戦後でも「ハンセン病の権威」としてもてはやされ、政府の政策に大きな影響を及ぼしたのはなぜでしょうか。

 私はそのカギは、文化勲章だったと思います。

 光田は先の国会での意見陳述の5日前、1951年11月3日に「ハンセン病対策の功績」によって皇居で文化勲章を授与されています。

 文化勲章は、1937年2月11日の「紀元節」(神武天皇が即位した日とする日)に制定されたもので、「昭和天皇は、自分の代に創設された唯一の勲章である文化勲章には強い思い入れがあった」(栗原俊雄氏『勲章』岩波新書)といいます。現在の文化勲章の意匠(橘の五弁の花の中央に三つ巴の勾玉。写真右)は天皇裕仁によって変更されたものです。1971年ごろ(もちろん新憲法下)には、受賞者の選定にまで口を挟んだといいます(栗原氏、前掲書)。

 天皇から文化勲章を授与されたばかりの光田が国会で隔離強化を力説したのです。それが政府の政策に大きな影響を及ぼしたことは想像に難くありません。

 ハンセン病強制隔離と朝鮮差別、「神の国」の「民族浄化思想」と天皇による文化勲章授与―“悪魔のスパイラル(らせん状の絡み合い)”を見る思いです。

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