アリの一言 

天皇制、朝鮮半島、沖縄の現実と歴史などから、
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「天皇退位」を理由に安倍首相に「協議」を求めた玉城知事

2019年03月21日 | 沖縄と天皇

     

 19日のブログで「玉城知事の3つの問題行動」を書きましたが、その日、また新たな問題行動(発言)が出ました。

 玉城氏は19日、官邸で安倍首相と会談し、「辺野古の新基地建設を中止し1カ月程度の協議の場を設けるよう要請」(20日付琉球新報)しましたが、その場で、「上告中の辺野古海域の岩礁破砕を巡る訴訟を取り下げる考えを伝えた」(同)のです。
 安倍氏は「1カ月程度の協議」を拒否しました。にもかかわらず、「会談後、玉城知事の指示を受けて県は上告取り下げの準備に入った」(同琉球新報)。

 それだけではありません。

 沖縄県が行った「埋立承認撤回」(2018年8月31日)に対し、安倍政権がその効力を停止した(沖縄防衛局の不服審査請求を国交相が認めるという茶番)ことに対し、県は「効力停止は違法」として提訴する方針でしたが、玉城氏はその提訴も「政府の対応次第で検討する」(同琉球新報)と、取りやめる考えを示唆したのです。

 安倍政権の横暴を追及し、県の主張の正当性をアピールして辺野古新基地阻止の世論を喚起する重要な場(裁判)を自ら放棄し、さらに今後も放棄する考えを示したもので、ここには安倍政権との対決姿勢はまったく見られません。

 これだけでも重大ですが、玉城氏の問題発言はこれにとどまりませんでした。

 19日昼のJNNニュース(TBS系)によれば(新聞や他のニュースでは報じられていません)、玉城氏は安倍氏にこう言いました。

 「天皇陛下の退位もあり、1カ月くらい話し合いの時間をもらえないだろうか」

 「話し合い」を要求する理由(の1つ)に、「天皇の退位」を挙げたのです。これは見逃すことができない重大発言です。

 第1に、「天皇の退位」が特別な意味を持つかのような発言で、安倍政権や天皇主義者らの天皇(制)賛美キャンペーンに加担するものです。

 第2に、「天皇の退位」を理由に辺野古新基地建設をめぐる「協議」を要請(政治的要求)することは、その目的の如何にかかわらず、憲法が禁じている「天皇の政治利用」に当たると言わざるをえません。

 そして第3に、沖縄にとっての天皇(制)の意味をまったく理解しないもので、沖縄の苦難の歴史・現状に対する背信と言わねばなりません。

 沖縄が今日軍事植民地状態に置かれている根源は、敗戦直後からのアメリカ統治とそれを条約化した日米安保条約ですが、そのいずれの元凶も天皇裕仁でした。
 裕仁は天皇制(国体)の維持と引か代えに沖縄を売り渡し(1947年9月19日の「天皇メッセージ」)、サンフランシスコ「講和」条約で沖縄を切り離して引き続きアメリカの統治下に置き、同時に安保条約を締結する交渉を、吉田茂首相(当時)の頭越しに行いました。
 基地問題をはじめ沖縄の今日の苦悩に最も大きな責めを負わねばならないのは天皇裕仁です。

 そしてその長男である天皇明仁は、父・裕仁が沖縄に対して犯した罪には一切言及せず、一言の謝罪もなく、沖縄を再三訪れていかにも沖縄に寄り添っているかのように見せ、ついに裕仁の罪を不問にしたまま天皇の座を去り、裕仁の孫に引き継ごうとしているのです。

 そんな「天皇の退位」を、どうして「国民」が、とりわけ沖縄の人々が祝わねばならないのでしょうか。

 「天皇の退位」(「新天皇の即位」)を特別視する考えを安倍首相に伝えた玉城氏の発言は、それだけで沖縄の知事としての資質が問われるものです。

 


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