Nonsection Radical

撮影と本の空間

そんな言葉使わないし

2014年11月16日 | Weblog
本来の言葉の意味を取り違える「誤用」をあげつらうのってマスコミを始め、みんな好きじゃないですかぁ。
この言葉の正しい意味は・・・なんて言って得意げになるやつですよ。
たとえば「役不足」とか「おざなり・なおざり」とか「気がおけない」とか「情けは人の為ならず」とかさ。
どうでもいいじゃないこんなの。
だってそんな言葉使わないし。
今には今の言葉があるじゃない。
それを無理して意味もわからず使うから誤った使い方だなんて言われちまうんだし。
いやいや、昔からそういう言葉があるのだから、それを正しく使うべきなのだ。
なんてイイカゲンな事を言う人もいるけど、じゃあ訊きます。
では昔を言葉を全部使って今も生活しているんですね、と。
「死語」と呼ばれる言葉も常用しているんですね、と。
すべてを使わずに恣意的に選んで使う事は正しいのですか、と。
昔からある言葉を正しく使うのが正しいというのなら、「ちんちんかもかも」って当然現在でも使っていますよね。
あたしは「アツアツ」って言いますけど。
「役不足」なんて使わないし、「おざなり」なんて言わないし、「気がおけない」も使わない。
なぜあまり使いもしない言葉をわざわざ取り上げて、使い方が間違っているなんて言うのでしょうか?
得意げに振る舞いたいだけじゃないの?
「いなせ」なんて言わないし、「やぶさか」も「的を射る」も使わない。
「おきゃん」も・・・おきゃんはいつも使っているなぁ(笑)。
これは何かというと、「慣用句」の使い過ぎなんじゃないのという事。
何かを言い表す時に慣用句を使って”楽”しようとして自爆するってやつ。
慣用句なんかみんなが使わなくなれば意味が通らなくなるのは当然なので、現在”間違った”意味で使われる事が多くなったという事は、その慣用句の”寿命”が来たと言えるでしょ。
それを後生大事に「これが正しい」なんて声だかに言う方が時代錯誤なんですよ。
そんなロートル(死語)がいたら「ゲロゲロ、チョベリバ」って言ってやればいいのだ。




福建会館
長崎県長崎市館内町
撮影 2014年3月22日 土曜日 17時05分
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする