静かな東京と言っても、リラ工房と自宅周辺が静かだということです。
昨日は横浜駅近くのヤマハで行われた楽譜製作ソフトのセミナーに行きましたが、横浜はあふれるばかりの人並でした。
帰りにドトールのコーヒーショップに立ち寄りましたが、座る席もなく、立ったままコヒーを飲んでる人もいました。
今日は工房内で木を削る音やホコリにまみれ、静けさとはほど遠い一日でした。
でも、時が止まったような感じはゴールデンウイーク独特のものだと思います。
皆さんはどんな時間を過ごしておられますか?
静かな東京と言っても、リラ工房と自宅周辺が静かだということです。
昨日は横浜駅近くのヤマハで行われた楽譜製作ソフトのセミナーに行きましたが、横浜はあふれるばかりの人並でした。
帰りにドトールのコーヒーショップに立ち寄りましたが、座る席もなく、立ったままコヒーを飲んでる人もいました。
今日は工房内で木を削る音やホコリにまみれ、静けさとはほど遠い一日でした。
でも、時が止まったような感じはゴールデンウイーク独特のものだと思います。
皆さんはどんな時間を過ごしておられますか?
リラ奏者は誰でも綺麗な音色で奏でたいと思います。
その綺麗な音色の入口は当たり前ですが、すべての弦を正しい音程に合わせるチューニング(調律)です。
リラは弾きこんでいくことで音程も安定し、それほど頻繁にチューニングしなくても弾けるようになります。
しかし、そこに落とし穴があります。
それは私自身の反省をこめて言いますが、音程が合ってるという思い込みと無精が重なって、だんだん狂い始めていることに気が付かないで弾いてることがあります。
すると、知らず知らず和音の響きが悪くなり、響きの悪さに鈍感になり、それに気が付かないという恐ろしい現象におちいります。
少し大げさな言い方ですが、これは私自身への教訓です。
リラ工房に朝到着した時点で、寒がりの私はストーブを点けました。
午前中仕事をしお昼にお弁当を食べたあたりから急に暑くなり、午後は上着を脱ぎ、長そでシャツも脱ぎ、とうとうティーシャツになっての作業でした。
さすがに冷房までは考えませんでしたが、急激な温度変化にびっくりです。
これからは暑さ対策が必要になりそうですね。
東京の多摩地域でも太陽光発電の事業化についての話題が聞かれるようになりました。
国の政策としてすすめてきた原発も安全性の問題で難しい状況になってます。
再生可能なエネルギーを作り出すことと同時に、身近なところでエネルギー消費を思い切って減らすための製品開発に取り組みたいと思います。
リラ工房での作業も電気を消費しますが、節電に取り組みたいと思います。
出来上がった25弦リラを弾くことはこんな時代にこそおススメです。
リラグループからの依頼で今3パートの合奏譜を作っています。
今から目標を持って練習し、今年の暮れのクリスマス会で発表の予定です。
お話を伺い嬉しくなって、私もお手伝いをしたいということで編曲を引き受けました。
リラはソロの練習が基本ですが、一人一人がガンバッテ、やがてアンサンブルの曲を練習し、皆の前で発表することも大きな楽しみです。
今からわくわくしています。
あの忌まわしい事故から7年が過ぎたと知らされました。
私は事故の起こる数年前に、あの線に乗ってピアノ講師のお宅を訪問したことがあります。
帰りに大阪梅田駅の構内だったと記憶してますが、おそば屋さんがあって、大好きな関西風の透き通っただし汁のおそばを食べました。
普通の日常の通勤風景が目に浮かびます。
あってはならない事故。
二度と起こさないことを祈ります。
25弦リラをご注文いただいた方には、出来立ての新しいリラをお届けしますが、しばらくの間は、弾いてチューニングをして、また、弾いてを繰り返すようお願いしてます。
そのことによって、音程も音質も安定し、弦も指になじむようになります。
新しい弦を弾くと指先が黒く汚れる場合もありますが、気になるようでしたら、さび止めをかねた、潤滑効果のあるスプレーが市販されていますので、それを利用するのも良いと思います。
新しい楽器を自分の分身のようにしていただくためのプロセスもお楽しみください。
東京でも京都でも未成年者の起こした事件のニュースが流れています。
この年齢のころはあまり感じませんが、実は無限大と言いたいくらいの可能性を持った年頃だったのです。
この年代で何を目指すのかという生き方の規範となる哲学を与えることも教育の仕事なのでしょうが、
これは学校教育だけに求めるのも酷なように思います。
リラ奏者の心得は、吉田兼好の徒然草150段に記されていることに尽きると思います。
吾妻 利秋さんの訳をネットで拝見しました。
「下手くそなうちは、人に見られたら恥だ。人知れず猛特訓して上達してから芸を披露するのが格好良い」などと、よく勘違いしがちだ。こんな事を言う人が芸を身につけた例しは何一つとしてない。
まだ芸がヘッポコなうちからベテランに交ざって、バカにされたり笑い者になっても苦にすることなく、平常心で頑張っていれば才能や素質などいらない。芸の道を踏み外すことも無く、我流にもならず、時を経て、上手いのか知らないが要領だけよく、訓練をナメている者を超えて達人になるだろう。人間性も向上し、努力が報われ、無双のマイスターの称号が与えられるに至るわけだ。
人間国宝も、最初は下手クソだとなじられ、ボロクソなまでに屈辱を味わった。しかし、その人が芸の教えを正しく学び、尊重し、自分勝手にならなかったからこそ、重要無形文化財として称えられ、万人の師匠となった。どんな世界も同じである。
札幌のYOSAKOIソーラン祭りが近づいてきました。
リラ仲間のクッシーさんも以前出演していたようです。
それぞれの地域の人たちが一緒になって一つの作品を作り伝承していることに感激します。
一度しか見ていませんが、また機会を見つけて行ってみたいです。
同じように岐阜の郡上八幡で行われる郡上踊りも、そこに暮らす人たちが作り上げた素晴らしい伝統芸術作品だと思います。
このようなイベントも最初は少ない人数でささやかな活動からスタートしていると思います。
リラ仲間の演奏活動もやがては多くの人に勇気と希望を与える響きの輪に発展させたいものですね。