あけましておめでとうございます
今年も当地はおだやかな朝陽とともに、新たなる年の幕開けとなりました。
そして、年明けの瞬間はやはりこちらの番組 吉田類さんの「年またぎ酒場放浪記」からのスタートです。
テレビ画面をとおして吉田類さんとリアルタイムで新春を祝う盃を交わしつつ、ふと気がつくと時は元日の朝8時。ウチの同居人さんが元日のお祝い膳の用意を始めていました。まずは昨年の暮れに文化放送「くにまる食堂」の番組を介してプレゼントしていただいた京都祇園の料亭「岩元」さん監修のおせち三段重とともに
同居人さんの手になるお雑煮をはじめ、さまざまな料理とともに新春お祝いの膳となります。
といえば聞こえは良いのですが、同居人さんによれば「もう、この歳になると手の込んだおせちは無理…」とか。まこと、仰せのとおり、何事も無理は無用です。
お祝いの膳を済ませた頃、ふと外に出てみると餐々と輝く陽射しがあたかも「街に出てごらん…」と誘っているかのようにキラキラ輝いていました。反射的に「初参りに行こう!」と声をかけ、今小路通りにある氏神様の八坂大神へ。
この神社はワタシが住まう佐助の氏神様で、京都の八坂神社と深いつながりがあり、さらにはウチの町内の名刹・銭洗弁財天とも縁があるようです。市内の初詣の名所である鶴岡八幡宮から徒歩10分弱のこの神社は、知る人ぞ知るという感もあり、お参りに来ている方々は一様に鳥居の前できちんと一礼し、本堂前で厳かに手を合わせています。
この八坂大神のすぐ北側には寿福寺。
そしてその北側には英勝寺。
その姿はさほど多くはありませんが、鎌倉駅西口方向から詣でる方々が静かに静かに散策する姿が印象に残ります。
八坂大神に詣でた時、同居人さんが「あのお寺に行きたい」と言っていた海蔵寺は、扇ヶ谷のさらに北西方向の道をたどった行き止まりに佇んでいます。
鎌倉有数の「花の寺」として知られ、本堂裏手の回遊式庭園は季節ごとに見事な花で賑わいます。初春の今、花は咲いていませんが、茶室を望む景観はこの寺ならではの赴きを見せてくれます。
境内の仏殿には薬師如来像とともに、十二神将像等が祀られています。撮影することは許されているようですが、あまりピシっと撮ることはいささか申し訳なくて、少々遠慮がちに記念の一枚…。
薬師如来像の傍らに控える十二神将像が、大好きな京都・東寺の立体曼荼羅像を思い出させてくれて、しばし見入ってしまいます…。
家に戻り、新春のお客様と祝いの膳をともにして幸せな気分になっていた直後、にわかに起こった日本海側での大きな地震と津波の連続。そういえば一週間ほど前、ウチでともに暮らしている金魚2匹が水槽の中でいきなり狂ったように回遊し、居合わせたお客様と「大きな地震が起きるかも…」と話していたことを思い出しました。かの地に住む友人知人達の不安な気持ちが伝わってきます。
ひるがえって、一昨年からウクライナで始まり、そして昨年秋にもイスラエルで勃発した戦争の禍根未だ解決の糸口見えず、国内でも宗教団体と政権与党の癒着や裏金疑惑をはじめ、なんとも、パンドラの箱が開いてしまった感があります。
陽光燦々を満喫し、その後の大地の揺れに翻弄される、なんとも心騒ぐ元日の午後。これまで70年近く生きてきていますが、これほどまでに揺れに揺れた元日は記憶にありません。干支の龍ははたしてどのような世相の空に向けて登っていくのでしょうか…
今年も当地はおだやかな朝陽とともに、新たなる年の幕開けとなりました。
そして、年明けの瞬間はやはりこちらの番組 吉田類さんの「年またぎ酒場放浪記」からのスタートです。
テレビ画面をとおして吉田類さんとリアルタイムで新春を祝う盃を交わしつつ、ふと気がつくと時は元日の朝8時。ウチの同居人さんが元日のお祝い膳の用意を始めていました。まずは昨年の暮れに文化放送「くにまる食堂」の番組を介してプレゼントしていただいた京都祇園の料亭「岩元」さん監修のおせち三段重とともに
同居人さんの手になるお雑煮をはじめ、さまざまな料理とともに新春お祝いの膳となります。
といえば聞こえは良いのですが、同居人さんによれば「もう、この歳になると手の込んだおせちは無理…」とか。まこと、仰せのとおり、何事も無理は無用です。
お祝いの膳を済ませた頃、ふと外に出てみると餐々と輝く陽射しがあたかも「街に出てごらん…」と誘っているかのようにキラキラ輝いていました。反射的に「初参りに行こう!」と声をかけ、今小路通りにある氏神様の八坂大神へ。
この神社はワタシが住まう佐助の氏神様で、京都の八坂神社と深いつながりがあり、さらにはウチの町内の名刹・銭洗弁財天とも縁があるようです。市内の初詣の名所である鶴岡八幡宮から徒歩10分弱のこの神社は、知る人ぞ知るという感もあり、お参りに来ている方々は一様に鳥居の前できちんと一礼し、本堂前で厳かに手を合わせています。
この八坂大神のすぐ北側には寿福寺。
そしてその北側には英勝寺。
その姿はさほど多くはありませんが、鎌倉駅西口方向から詣でる方々が静かに静かに散策する姿が印象に残ります。
八坂大神に詣でた時、同居人さんが「あのお寺に行きたい」と言っていた海蔵寺は、扇ヶ谷のさらに北西方向の道をたどった行き止まりに佇んでいます。
鎌倉有数の「花の寺」として知られ、本堂裏手の回遊式庭園は季節ごとに見事な花で賑わいます。初春の今、花は咲いていませんが、茶室を望む景観はこの寺ならではの赴きを見せてくれます。
境内の仏殿には薬師如来像とともに、十二神将像等が祀られています。撮影することは許されているようですが、あまりピシっと撮ることはいささか申し訳なくて、少々遠慮がちに記念の一枚…。
薬師如来像の傍らに控える十二神将像が、大好きな京都・東寺の立体曼荼羅像を思い出させてくれて、しばし見入ってしまいます…。
家に戻り、新春のお客様と祝いの膳をともにして幸せな気分になっていた直後、にわかに起こった日本海側での大きな地震と津波の連続。そういえば一週間ほど前、ウチでともに暮らしている金魚2匹が水槽の中でいきなり狂ったように回遊し、居合わせたお客様と「大きな地震が起きるかも…」と話していたことを思い出しました。かの地に住む友人知人達の不安な気持ちが伝わってきます。
ひるがえって、一昨年からウクライナで始まり、そして昨年秋にもイスラエルで勃発した戦争の禍根未だ解決の糸口見えず、国内でも宗教団体と政権与党の癒着や裏金疑惑をはじめ、なんとも、パンドラの箱が開いてしまった感があります。
陽光燦々を満喫し、その後の大地の揺れに翻弄される、なんとも心騒ぐ元日の午後。これまで70年近く生きてきていますが、これほどまでに揺れに揺れた元日は記憶にありません。干支の龍ははたしてどのような世相の空に向けて登っていくのでしょうか…