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水彩人展 日本橋丸善 7月11日から

2018-07-06 04:10:59 | 水彩画

 

水彩人小品展が日本橋丸善で開催される。7月11日から17日までである。水彩人画集の発行の記念を兼ねた小品展である。今度の水彩人20回展記念の画集は一般の書店でも販売される。出版社が出してくれるものだからだ。アマゾンで購入できるので、多くの方に購入していただきたい。水彩人が進もうという道が少し伝わるかもしれない。私は石垣島で描いたの絵を2点掲載してもらっている。一点が丸善で展示するもので、もう一点が9月東京都美術館に出品するものだ。水彩画に興味のある人には、必ず役立つ本だと思う。水彩画が多様でありながら、私絵画の可能性を秘めているという事がわかっていただけるかもしれない。

石垣に上棟式で行ったときには5点の絵を描いた。4点は前から描いていたものをもう一度現場で描いて見たくて持って行ったものだ。1点だけ新しく描き始めた。実に面白い。興味が尽きることがない。絵の方角が変わり始め、わずかに進んだような気がしている。この画集の絵がきっかけになったような気がしている。思い切りが良くなったようだ。風景に入るというか、向こう側に知被けたような気がした。確かに変化をしたという気がする。石垣島のお陰で少し変われるかもしれない。限界突破。

「阿字の子が阿字のふるさと立ち出でて、また立ち返る阿字のふるさと」故郷というものはどこにもある。青山いたるところにあり。自分というものを全うできればそれでいい。というか生きるというのはそれしかない。生まれたふるさと境川村藤垈。立ち返るふるさと石垣島。小田原は自分にとって実家の様なものではなかろうか。沢山の良い友人があしがら平野にいて、一緒に田んぼをやり、畑をやることができた。田んぼだけは石垣から通ってもやれる間はやりたいと思っている。石垣では田んぼも畑もやらないと決めている。石垣にいるときは絵に専念したいと思うからだ。それでも実家に戻って田んぼの手伝い位はしなければという状態は悪くない。田植えと稲刈り位は実家に戻るという人は、子供のころは普通にいた。向昌院でも田植えとなると、おじさんたちが勢ぞろいした。実に頼もしかった。小田原の実家の田んぼをまた描きに来る。そういう気分で今はいる。

今回の水彩人の本は水彩の色という事をテーマに作られた。油彩画には油絵の色がある。日本画の色もある。そして水彩の色もあり、これが絵というものには大切な要素だ。丸善の水彩人展では絵を語る会を行う。ここではそれぞれが色について考えるていることを語ることになる。結果的に言えば、色を使い画面の動きを調整している。色彩にはバルールと言われるものがある。日本語では色価と置き換えられる。画面において色がモノの関係によって定まるということである。カドニュームレッドライトの色価という言い方もできる。10㎝の色価と1mの色価は違う。正方形の色価と3角形の色価とも違う。水彩画では、水を加える量の違いで透明感が加わり、さらに大きな色価の違いを生む。色価が重要になるのは、絵の中の動きを大きく左右することになるからだ。水墨画に色があれば、複雑化するというようなことである。上手く行かないと現代の中国画のような、失敗になる。この複雑な兼ね合いを、水彩絵の具と紙という一見素朴に見えるが、複雑多岐にわたるものを相手に、制作する。

下手をすると自分のやり方に落ち込んでしまい停滞をする。水彩手法というものは己の得意の手法に陥りやすい画法と言える。自分という世界を反映しやすいともいえるし、通俗になりやすいともいえる。この画集にはそういう水彩人の姿が現れているはずだ。学ぼうとしない人が多いいのが絵の世界だが。水彩画はお絵かきから、巧みな写実まで、多種多様である。へたくそから、上手すぎまでいる。だからいいのだ。それでいいのだ。ニャロメ!

 

 

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