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丸の内丸善での水彩人展

2018-07-12 04:09:02 | 水彩画

会場の様子。右側の壁の少し大きい絵が私の絵だ。

丸善で水彩人をやるという事になって、私はすっかり日本橋の丸善かと思い込んでいた。絵を搬入して初めて、東京駅の丸の内側にできた、新しい大きなビルの中の画廊だという事を知った。東京は行くたびに様子が変わる。完全にお上りさん状態である。丸善の会場にたどり着けたのは、福島から来ている鈴木さんが連れて行ってもらったからだった。そうでなければ、日本橋の丸善に行くところだった。何たる無知。丸善では知り合いが時々展覧会をやって出かけていたからそこだと思い込んでいたのだ。朝から、水彩人の集まりが京橋であった。そのまま絵の搬入をするという事だった。歩いて行けばいいというのでおかしいとは思ったのだ。暑い中、日本橋まで歩くと思い込んでいた。歩いていてまだ気づかず、方角がどうも違うとは思った。たどり着いた東京駅の丸の内側の変容には驚いた。駅前の高層ビルの乱雑な林立と、再生した東京駅の不思議な時代錯誤の雰囲気に、皇居まで続く明治日本の感じが完全に払しょくされた。

東京駅の姿と現代的なビルの姿が、アミューズメントスペースになったのか。というようなおかしな想像に巻き込まれた。あのアニメから産まれたデズニ―ランドのように、仮想空間的なものと現実空間が不自然に混ぜ込まれ、東京にいつの間にか新しい時代の乱雑さが生まれている。乱雑は悪いことではないが。自分が時代からどれほどの距離があるのか、時代が狂い始めているのか。この異空間と感じるその丸の内のビルの中で、自分の絵がどう見えるのか。ゴッホの向日葵を新宿の高層ビルの中で見る、あの不思議な違和感。それでもゴッホの向日葵は高層ビルをものともせず存在していた。私の絵は果たして、東京丸の内の新空間の中でどういう風に見えるのか。この不思議を考えざる得なかった。時代の中にいるという現実が迫る。絵が終わった時代の中で、まさにこの時代を賞ちゅうするようなビルの中で、いったい自分の絵の異様さはどうなるのだろうか。そう思いながら一日丸善の会場にいた。

出品した絵は宮良川の流れという石垣で描いた絵だ。石垣島の太古の自然の中で生まれたままのような川。竜のように蛇行した流れである。この流れを取り囲むように田んぼがある。自然に織り込まれた耕作地の姿。この面白さは何度描いても尽きることなく、格別なものに見える。川は流れているのだから、自然の持つ動きがある。しかも蛇行する姿は自然の地形を作り出し、その空間を構築しながら調和しながら存在する。川というものの原初的な姿の中に、大地というものと天空というものの関係が何やら見えるような気がするのだ。川というものへの畏敬の念。自然崇拝のようなもの。石垣島にある沖縄最高峰於茂登岳から流れ出る命のような川。その命の水は田畑に広がる。食べ物を作るという人間の営みが、神聖というものに繋がる。私の目はそれを見ている。その田んぼの中に耕作者としての私がいる。この祈りのような感じを描けないかと思う。到底描けない訳だが、今回の宮良川の絵はそこにたどり着くための決意をした絵だと考えている。

結論を出さなければならない時だ。まだ笹村出という命に活力のある間に、私という人間の見ているものを確認するように描きたいと思う。今度の水彩人の20周年画集を作った。良い記念になった。多くの人の力でこのような記念誌が出来たことを有難いと思う。この本が1冊でも多く売れて、協力いただいた皆さんに報いることが出来ればと思う。1っ冊2000円である。水彩画というものが一通りわかる画集だと思う。私絵画もあれば、流行作家の水彩画もある。水彩人というものが、衰退を続けている公募団体展の中で、新しい方角を示しているのではないかと思っている。今年は、9月に東京都美術館の展覧会がある。そして名古屋で地方展が行われる。水彩人は小さな公募団体ではあるが、活動はどの団体にも引けを取らないと思う。やれることはすべてやっている。この不思議なある意味私的な研究会に始まり、その余韻を残している会が、平成が終わろうとする時代にどんなものに見えるのかである。

 

 

 

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