皆さんこんにちは!
今回は歴史についての雑学その2!
早速紹介していきましょう!
・ペリーと通訳
ペリーと言えば、1853年に黒船で日本に来航し、翌年1854年に日本と日米和親条約を結んだ人物ですが、
当事者達は互いに相手国の言葉を話せないので、当然通訳を通すことになります。
ところが、ペリー達アメリカ側に人たちには日本語を話せる人間がおらず、日本側にも英語を話せる人間がいなかったので、
通訳を間に2人おいて、「オランダ語」で話し合ったそうです。
配置としては日本→オランダ→英語、英語→オランダ→日本だったとか。
・クリスマスとは?
日本ではクリスマスとは、一般的に「キリストの誕生日」として認知されているわけですが、
キリストが何月何日に生まれたかは、正確には分かっていないのです。
キリスト教でも12月25日は「キリストの誕生を祝う日」とされているだけで、「キリストの誕生日」とはなっていないようなんです。
じゃあキリストの本当の誕生日とはいつか?となるのですが、現在有力な説の一つとして、
聖書の中に「羊飼いが誕生を祝ったあと夜中の見張りに戻った」と記述されていたこと、羊を放牧するのは4月から9月の間で、冬の寒い時期には小屋に入れて外に出さない事から、
夜中の羊の見張りを行える4月から9月までの間とする説があります。
少なくとも、冬ではないみたいですね。
・紫式部
平安時代中期、「源氏物語」と執筆したとされる女性作家「紫式部」。
この「紫式部」と言う名前は通称、つまりはペンネームのようなもので、本名は正確には分かっていません。
当時は自分の実名を軽々しく明かすものではないと考えられており、特に女性が自分の名前を明かすというのは
結婚の承諾をするに等しい行為とされていたそうです。
現在有力なのは今は亡き考古学者の角田文衛博士は藤原行成の日記である「権記」や、藤原道長の日記である「御堂関白記」の記述から推定した「藤原香子(たかこ)」
と言う名前らしいですが、今後調べていく中で明らかになっていくのかもしれませんね。
以上で今回の紹介は終わりになります。
歴史上での事は日々研究されているので、この情報が正しい者とは限りませんが、
少しでも面白いと思っていただけたなら幸いです。
それでは今回はここまで!ではでは!