8の字描いて転がって

くりかえすことの心地よさとつまらなさ。

さよなら、パーコ

2018-11-17 14:44:46 | こども
「パーコは海に還っちゃったんだよ」

娘2才3か月。
ついに卒乳。
「パーコ、もっともっと飲みたかったんだよぉ〜!」
と泣き叫び母を蹴り飛ばしながら暴れてそのまま眠りに落ちた一日目。
二日目はあきらめが早く、布団をするっと自分からかぶるとそのままひとり眠りに落ちた。

いつの頃からか娘は母のおっぱいのことを「パーコ」と呼ぶようになった。
大好きなパーコちゃんは海に還っちゃったんだよと話して聞かせると、静かに聞いていた娘。
納得したのかそれからはほとんど泣くこともなく、たまに思い出したように「パーコは?」と
聞いてきたり、眠くなりすぎた時に「パーコー!」と暴れるくらいでさよならできた。
4日間ねばりにねばった息子にくらべると現実を受け入れるのがほんとうに早かった。

卒乳から4か月。
日々快適に暮らしている。
夜中に一度も起こされることなく朝までぐっすり眠れる日が再び訪れるなんて夢のよう。
髪の毛のつやも戻ってきたし、ホルモンバランスも整ってきたことをしみじみ実感する。
あの異常なまでの疲労感は、栄養をすべて赤子に吸い取られていたせいなのだ、きっと。

ずっとずっと自分のことをダメな人間だと思っていた。
なんでこんなにすぐ眠くなるんだ、なんですぐ疲れるんだ、なんでこんなに機嫌が悪いんだ、
こんなはずじゃなかった。
もっと優しく言いたい。もっと穏やかに笑っていたいのに。
理想とする自分とはほど遠いことに苛立ってばかりだったけれど、私はちっともダメじゃ
なかったのだ。
自分の中にあるすべてを絞り出し、ひとりの人間に与えていたのだった。
なんだ、ダメじゃなかったのか私。
ようやく少し腑に落ちて、ダメだと思っていた自分をほんの少し愛せる気がした。

自分の身体の一部なのに、自分のものでなはいような気がするパーコ。
想像する。
役目を終えたパーコは今、深い深い海のそこに沈んでじっとしているのだろう。
もう二度と顔をのぞかせることはないだろう。
自分が命を吹き込んだ小さな二つの魂が、少しでも永くこの世をたゆたってゆくことを祈りながら。
さよなら、パーコ。
ありがとう、パーコ。
二つの命をいかしてくれたこと、一生忘れないよ。
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じぇ!

2018-05-29 14:08:58 | 日記
世の流行から大変遅ればせながら「あまちゃん」をTSUTAYAで借りて観ている。
気付けば子どもたちも、ビックリすると「じぇ!」と普通に使いこなすほど
我が家にあまちゃんワールドが浸透しつつある。
そんなある日、自宅から徒歩5分のTSUTAYAに言って思わず
「じぇじぇじぇ!」と叫んでしまった。
子どもたちまで、恥ずかしいくらいに時代遅れな親子である。
なんとまあ、TSUTAYAが閉店するそうな…。しょんぼり。
まだあまちゃん8巻目だというのに。
娯楽の少ない我が家の救世主だったTSUTAYA。
時代はうつろっていくのですね。あたりまえだけれど。



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風の都へ

2018-03-08 13:04:28 | 日記
◯◯ロスという言葉が苦手だったのだけれど、使いたくなる気持ちが近ごろ少しわかるようになった。
娯楽の少ない禁欲的な毎日をくりかえしていると、たまに観るドラマ(しかもリアルタイムでなく
TSUTAYAでレンタルしての視聴)が救いになったりするのだ。
少し前は「逃げるは恥だが役に立つ」ロス、そして今は「仮面ライダーW」ロス…。

息子5歳がもれなくヒーロー系にはまり、デカレンジャー、マジレンジャー、仮面ライダーブレイド
をへえ、ふーん、と横目で見続けていたのだけれど、Wはほんとうに面白かった。
お笑い要素もたっぷり入れつつ、最終回に向けてぐいぐいと展開が進んでいき、かといってシリアス
になりすぎないよう絶妙なバランスを保っていて最後まで楽しく観続けることができた。
主役の二人もとびきり格好良いのにおちゃめで、そんな二人を支える脇役のみなさんも素敵だった。
フィクションの素晴らしさを久々に痛感したし、自分にとっては空想することが必要なのだなあと
しみじみ思ったのだった。

仮面ライダーWの舞台は「風都」という架空の町で、町中のいたるところに風車が回っている。
風車大好きな息子にとって風都は、強くてカッコイイヒーローがいる理想郷なのだ。
「いいなあ、風都。風都には仮面ライダーが二人もいるし(仮面ライダーWとアクセル)。
なんかあったら仮面ライダーに助けてもらいたい。風都に引越そうかなあ…」
ぼんやりつぶやく母に息子がピシャリ。
「風都なんてないよ!」
案外リアリストなのだった。
仮面ライダーWを観終わってしまった喪失感にさいなまれている母を尻目に、
息子はすでに「仮面ライダードライブ」の世界にトリップしているのだった。



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いってらっしゃい

2018-03-05 14:49:57 | 日記
誰かと会って別れる時には、必ずその人の姿が見えなくなるまで手を振ろうと
ひそかに決めているのだけれど、なぜだろうと思い返してみると
祖父母がいつもそうしてくれていたからだということに、ふと思い至った。

幼い頃、父の運転する車で訪れた祖父母の家。
人見知りのはげしい私たち姉弟は、これといって打ち解けるでもなく、
愛想もなく、ただぼんやりと時を過ごし、父の「帰るぞ」のひと言で
車に乗り込んでその場を去るだけだった。

帰るのはいつだって夜で、お風呂に入ってあとは眠ってしまえばいい状態で
いそいそ車に乗り込んだ。
車の窓を開けて「気ぃつけてや」と祖父母は声をかけてくれ、ありがとうと言って
小さく手を振って別れた。
凍えるように寒い中、祖父母は私たちの乗った車が角を曲がって見えなくなるまで
いつまでも手を振ってくれていた。
車の後部座席に後ろ向きに座って、窓から見える祖父母に私は手を振りつづけた。
どんどん小さく遠ざかってゆく祖父母の姿を見ながら、あと何回くらいこんな風景を
見られるのだろうとぼんやり思ったものだった。

昨年の8月、その祖父母が立て続けに亡くなった。
バタバタ慌ただしく月日が流れ、ゆっくり思い出すこともできなかったけれど、
ふわあっと急に二人の穏やかな表情が立ち上ってきて息をのんだ。
温かい春の日差しで、心と身体がゆるんだせいだろうか。

買物帰り、娘と手をつないで歩く。
と、立ち止まって振り返ってしまった。
なんだか祖父母が手を振ってくれているような気がして。
気ぃつけてやと微笑んでくれているような気がして。

愛想のない孫でごめんなさい。
おじいちゃん、おばあちゃん、また会いましょう。


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決意新たに。

2018-03-04 14:55:11 | 日記
言葉に泣かされ
言葉に生かされ
言葉に励まされ。
言葉を大切に生きていきたい。
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