サラの苑 スタッフが、仕事の様子やプライベートをブログでお届けします。
ペットのお寺「サラの苑」スタッフブログ



こんにちは、沙羅の苑です。

九州地方も先日梅雨入りが発表されました。

曇り空であったり、ジメジメした日が続きますが、

皆様いかがお過ごしでしょうか?

さて、現在沙羅の苑の階段の所に、

何か見慣れない物が設置されております。

皆さんなんだかわかりますか?

壷?置物?美術品?

実はこれ、墓石なんです。

「永代供養墓」という言葉を聞かれた事が

ある方もおられるかもしれませんが、

当苑と併設してございます菩提樹苑内にあります

永代供養墓 雲上観音の個別墓の墓石です。

沙羅の苑にも、供養棚や合同墓等、納骨の方法はいくつかありますが、

人の場合も、亡くなったら、ご先祖様が眠るお墓に納骨するのが

当たり前でしたが、家族の形の変化と共に、納骨の方法も、

現在では様々な形があります。

その一つが永代供養墓という物です。

お墓に興味があられる方には、菩提樹苑のスタッフが詳しくご説明させて

いただきますので、お気軽にスタッフにお尋ねくださいませ。



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こんにちは、沙羅の苑です。

5月の連休も終わり、皆様いかがお過ごしでしょうか?

連休明けの疲れだったり、いわゆる5月だったりと

体調を崩しやすい季節ですので、

どうぞご注意ください。

さて、本日は本蔵院住職によります

『仏さまの種まき』をお届けいたします。

 

私が変われば 世界が変わる


 何事を学ぶにも基礎学と言うのは非常に大事であります。

仏教を学ぶという事も同じで、仏教を学ぶ上においても

基礎学と言うものが非常に重要であります。

その基礎学の一つに唯識教学と言うものがあります。

 仏教学と言うものは非常にデリケートな学問で、

基礎学がないまま普通に読んでしまうと、

誤解して受け取ってしまう恐れがあります。

ですから、この唯識教学という基礎学を学び、

経典の読み方と言うものを会得することは

非常に大切なことなのです。

 この言葉も一見、「そんなはずはない」と

思ってしまうかもしれませんが、

唯識教学では「私が死ねば世界も終わる」と

考えるのです。

つまり、自分が認識をした世界がすべてであり、

世界は私である、と。

独裁と言う意味ではなく、私が世界であり、

世界が私であるという捉え方。

私の世界、あなたの世界、彼の世界と言うのが、

それぞれに存在しているという事なのです。

あなたの世界と私の世界が同じであるという事はないのです。

ですから、真実は一つともいえますが、

実はそれぞれの世界に真実は存在するとも言えるのです。

噛みしめて考えてみると、おもしろい教学であります。



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