このところ私の周りには親の病気・介護・徘徊・入院などの話しが
たくさんあふれています。
体調不良のときなど、もしかして自分の方が先に・・・なんて
そんな風に考えることもあります。
その話しをあるスタッフさんと話してました。
絶対に親より先に逝っちゃダメなんだと。
これはダーリンもよく言っています。
子どもの頃親より先に逝ってしまうと地獄に落ちるんだと
教えられてきたそうです。
賽の河原という場所で毎日毎日何時間も石を積み続けるそうです。
そこに、鬼が来てせっかく積んだ石を蹴散らして崩してしまうらしく。
つまり、親より先に旅立つことは
それだけで罪になるということなんですね。
大切な教えなんだと思うのですが
きっとそういう話しを子どもの頃、親にされてきた子たちは
それだけで生きること、命の尊さを学べるんだと思います。
親より先に死なないでね
あなたが逝ってしまったら親はものすごく悲しいんだよと
メッセージをもらっている気がします。
でも、実際先に逝ってしまうことがないわけではありません。
それだけでも苦しくて息ができないほどで、
呼吸することさえ痛いものだと思うのです。
世界から色がすべて消えてしまうような・・・。
なのに、五逆罪の罪とかで賽の河原から抜け出せないとしたら
残された方はもっともっとつらくなってしまうではないですか。
徳の高い方の教えですから、きちんと理解できれば
何かわかるのかもしれませんが
石を積まされる子どもたちの姿、
積んだ塔を鬼に破壊される姿を想像したら
ちょっと泣けてしまいました。
病気と懸命に向き合って早くに旅立っていった子猫たちも
何か運ばされているのかな。
やめてくれ~。
親不幸はいけないけれど・・・。
そんな罪を着せられるのは、なんだか疑問です。
と、ちょっとどうでもいいことかもしれませんが
考えちゃいました。
もちろん、与えられた命はまっとうするつもりです。







鬼は無意味に積み上げた石を蹴って壊しているのではなく、子供の祈りが親に届いていないからという説がありますよ。
鬼が石の塔を押し崩すときに「親の嘆きは汝等が 苦患を受くる種となる 我を恨むることなかれ」と言うそうです。
昔は今よりももっと病気で親より先に亡くなる子供が多かったはずです。
親が子供の死を悲しみ嘆き続け苦しんでいる間は、子供は賽の河原で石を積み上げ続けなければならないそうですから…
嘆き続けないことが、その子の供養になるのだと残された親の気持ちへ対応しているのだと思います。
賽の河原の話には続きがあります。
よく知られているのは子供の前に地蔵菩薩が現れて、子供を救ってくれるという話です。
子供の前に現れた地蔵菩薩に抱きしめられ、地蔵菩薩によって救われた子供は無事に成仏することができるそうです。
亡くなった子供の笑顔や笑い声を思い出し、笑顔を浮かべられるくらい、地に足を付け前を向いて歩きだしたときに、地蔵菩薩が現れるのかもしれません。
なるほどです。
地蔵菩薩の話しでめちゃめちゃほっとしました。
そこまで行くのには時間がかかるんでしょうけど
そうしないと子どもたち、救われないですね。