闘う社長の再起編

大きな夢を持って、日々、いろいろな事と格闘しています。
このブログは、そんな私の毎日の成長記録です。

光あるところに陰がある

2008年11月24日 14時47分42秒 | Weblog
今日は三連休の最終日というのに雨模様ですね、
紅葉は雨にしっぽり濡れて素晴らしく輝いていますが
観光客の方は雨に濡れて、少し冷たそうです。

今朝のニュースサイトで『日本初、カトリックの「列福式」始まる』という
記事を見つけました。
「列福式」というのは、カソリックの宗教儀式で、聖人の下の位にあたる
「福者」という地位に列せられる式典で、日本では今年初めて長崎で行われるます
対象となる人達は、豊臣秀吉や江戸幕府に弾圧処刑された数百人だとか。

キリスト教には、常に光の部分と陰の部分が混在しています。
「忍者サスケ」じゃないですけど、「光あるところに陰がある」です。

その最も良い例が、全世界規模にのぼった布教活動でしょう。
西洋の新しい品物や文化を現地にもたらす事には多大な貢献をしましたが
その一方で、土着の宗教(特に多神教)や文化を破壊し、
時には絶対統治者となり、民衆への殺戮や暴行を行いました。

最大の光の部分は、マザー・テレサさんに代表されるような慈善活動でしょう。
しかし、これも唯一神の前において皆平等ですから、
唯一神を信じない人には慈善活動と引き換えに改宗を迫る例もあったようです。
もちろんマザー・テレサさんは、そんな事を行った事はありませんが。

最大の陰の部分は、魔女狩りなど排他的宗教弾圧の歴史でしょう。
ただこれには、時の為政者の政治的背景と深く関係していて
政治的利害と宗教的利害が一致したところで、宗教裁判がしばしば行われ
大量の悲劇的ホロコーストが行われてしまいました。

私は一時期、オルレアンの処女、ジャンヌ・ダルクさんに興味を持っていたので
いろいろ調べた事があったのですが、彼女も政治的利害と宗教的利害の狭間で
超能力者にしたてあげられ、為政者に利用され散っていった悲劇のヒロインです。
現在のローマ教皇ベネディクトゥス16世が尊敬し教皇名の由来となった
ベネディクトゥス15世により1920年に聖者に列せられた事は
たとえ大きくタイミングずれとは言え、カソリックも少しは
賢明になってきた事を示す一面でしょう。

日本に初めて宣教師が来たのが室町時代末期、手を胸のところでクロスして
ハートと十字架を持った口ひげの絵画でお馴染みのフランシスコ・ザビエルです
その後、織田政権下では、ルイスフロイスさんのイエズス会が重用されましたが
最近の研究では、信長さん暗殺にイエズス会も関係していたのではないかとも
言われています。

ご存知の通り、豊臣・徳川政権下では、弾圧される側でした。
それで、今回、その時に弾圧され処刑された人達の名誉回復のために
「列福式」が執り行われることになりました。

少し話がそれますが、島原の乱で有名な天草四郎時貞さん
最近の研究では、天草姓も益田姓も名乗っておらす、
定説では一応、小西行長さんの家臣である益田甚兵衛さんの子となっていますが
その出生の記録もなく、出生地さえはっきりしていません。

最近の新説では、徳川方に伝わる「耶蘇天誅記」に書かれていることや、
馬印が豊臣秀吉さんと同じ「金瓢箪」だった事などから、実は大阪冬の陣で
逃げ延びた豊臣秀頼さんの実子だという説があります。
また、従来では「島原の乱」は、切支丹の反乱だと言われてきましたが
実際に島原の乱に参加した人の殆どは切支丹とは無関係で
バチカンも切支丹の戦争とは認めていない事や
当時たった16歳の少年だった四郎さんが三万余名の総大将というのも
豊臣秀頼さんの実子だったからという説の後押しになっています。

もしこのような歴史の新説に興味があるのでしたら
テレビ東京の番組「新説!?日本ミステリー」をご覧ください

話が大幅に外れましたが...「光あるところに陰がある」
とすると、光が光り輝けば輝くところほど、深い陰が出来るという事ですね。
もしバチカンのローマ教皇庁が、唯一神の輝く玉座だとすると
堕天使の巣窟でもあるわけでないのでしょうかね?
まぁその辺りは、オカルト話好きな方にお譲りするとして・・・

ははは、今日は長く書きすぎました、読む方も大変だったでしょう?!
お疲れさまです。


今日目に付いた記事:
 ・タイ反政府派、国会を包囲し電源切断 憲法改正審議は延期決定
  外務省からも危険情報が出ていますね、タイは東南アジアの中でも
  正常が比較的安定していたのにね・・・

今日の気持ちステータス:

今日の一言:
 歴史の本当の真実はわからん、所詮、全て状況証拠。