ブラバン富山の個人ブログ

富山・石川・福井の北陸三県が地元。皆さんと共にブラインド(視覚障碍)の伴走をトコトン楽しんでいます

追悼式

2018-03-11 | ゼンさん 2001年2月~


岩手県立福祉の里センターで一泊。

時間が限られてるので、朝8時から釜石市の唐丹へ。
浜辺に立派な防潮堤が出来、すぐ向こうの海が見えない風景。三陸沿岸にはよくあります。何だか怖い。

釜石市の小白浜漁港。
上下が道路だった防潮堤が横倒しになりました。これは残った部分。


新しい防潮堤の上に上ってみました。
これを超える波は怖い。
三陸の海は豊穣の海。2枚目左側の漁師の家のように、あちらこちらに立派な御殿が。

大船渡市の吉浜。
明治三陸津波で集落が壊滅したのを気に、集落を高台移転しました。
今回の津波では殆ど被害なし。
かつての集落は田んぼになってます。

吉浜の慰霊碑。亡くなった方の名前や海嘯(=津波)の文字がありました。

海辺には津波で運ばれた津波石も。


あまちゃんで有名になった三陸鉄道の
南リアス線三陸駅。
ここの談話スペースで、地元の方とお茶っこ談義。

昨日とは別の大船渡市営住宅で津波に30分以上のまれていた方のお話。
部屋のテレビでは名古屋ウイメンズマラソンが映っていて、そっちも気になってました。

大船渡の郊外。被災しながらも残ったこの家屋を、NVNが伝承館とする計画だそうです。
この2日間で石川さんが繰り返し言われていたことに、『遺構は、それがあった場所にそのままの状態で残すことが大事。解体は駄目。移動しても駄目。レプリカはもってのほか。』
陸前高田の解体予定のガソリンスタンドの看板に関しては、まさにそう思います。
人が亡くなられた所に関しては答えが出ませんが、原爆ドームのことを思えば残した方がいいと思います。

大船渡市のリアスホール。


ここの犠牲者追悼式に出席し、最後に出席者全員が献花をしました。

大船渡出発が16時半頃、石川さんとお別れし、20時のレンタカー閉店に間にわせる為、仙台へまっしぐら。

21時40分の高速バスで帰路に就きました。

ジャンル:
ウェブログ
この記事についてブログを書く
« 陸前高田・大船渡へ | トップ | 足羽川ふれあいマラソン2018 »