伴走ブログ

富山・石川・福井の北陸三県が地元。皆さんと共にブラインド(視覚障碍)の伴走をトコトン楽しんでいます

気仙沼へ

2018-03-10 | ゼンさん 2001年2月~

気仙沼駅での待ち合わせは12時、レンタカーは8時開店。
僅か4時間で移動と観光を済ませました。日本三景の松島は車内観光。

JR仙石線の旧野蒜駅。津波浸水域を避ける為に高台に駅を移した為、旧駅舎が東松島市の津波伝承館となってます。

野蒜に限らず、沿岸部の建物には大抵、津波の到達水位が示してあります。

震災前から現在に到るまでの変貌がわかります。津波の直接被害は勿論、昔からの町や海辺の風景が防潮堤や土砂山積みで荒廃するのも胸が痛いです。


南三陸町のさんさん商店街。

土地を嵩上げして作られた商店街からは、かつての市街地を望めます。
結婚式場だった白い建物(死者ゼロ)を残し、絶賛嵩上げ工事中です。

向かい側には有名な防災庁舎が見えます。
3年前に私が行った時はまだ嵩上げ工事前で、すぐそばまで行けました。

三陸自動車道が南三陸まで開通し、気仙沼も車で行きやすくなりました。
11時45分に気仙沼駅へ。
日本沼津災害救援ボランティアの会の副理事長と合流。

気仙沼プラザホテルからの気仙沼港周辺。

メディア関係者らしき車の車体には、東京放送(TBS)の文字。
翌日11日の報道特集は気仙沼から中継されてました。



なぜ今回、災害救援ボランティア(以降:NVN)の方(以降:石川さん)と行動することになったかというと・・・

2010年にいたち川の方達と静岡の「富士裾野高原マラソン」に出場しました。
会社の保養所が箱根にあり、会社の皆さんと箱根に一泊し、大会に出ました。
でも私は脚が痛くなり、途中棄権したのですが、たまたま救護所にいた方がNVNの石川さんでした。

石川さんは阪神淡路大震災の頃から災害救援のボランティアを始められ、全国各地(能登半島地震の輪島を含む)で尽力されてるます。東日本大震災の被災地だけでも64回来られている筋金入りの方です。



救護所のお礼の手紙を出した事をきっかけに年賀状のやり取りをしてたのですが、お会いしたのは2012年の一度きり。

今年の3月11日は日曜日なので、震災被災地へ行かれるか?一緒に行動出来るか?を聞いたところ、共に行動するスケジュールを立てて下さいました。

今回、石川さんと一緒したからこその充実した2日間となりました。
じっとしてたのは、犠牲者追悼式で椅子に座ってた時だけでした。

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