放送作家村上信夫の不思議事件ファイル

Welcome! 放送作家で立教大大学院生の村上信夫のNOTEです。

犯罪心理学者春藤芽衣子の不思議事件ファイル・ファイル№9『悲しくて 切なくて』(3)

2009年02月23日 03時35分05秒 | Weblog
犯罪心理学者 花見小路珠緒の不思議事件ファイル (グラフ社ミステリー)
村上 信夫
グラフ社

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 おはようございます。
 2000年から書き出したJFNのラジオドラマ「アナザーワールド 犯罪心理学者」シリーズ(全国JFN系列 月~金 24:55~25:00放送中)の原作も、もうう10年になる。僕が書いた原作を、萩原和江、錦織伊代の2人の女流脚本家と僕の3人が交代で、脚本に直しドラマ化している。
 シーズン1「犯罪心理学者春藤芽衣子の不思議事件ファイル」は、犯罪心理学者・春藤芽衣子を主役に、女優の久我陽子さんが春藤芽衣子役だった。久我陽子さんは、結婚して、しばらく休業していたが、韓国映画などでも活躍した綺麗な女優さんだった。
 シーズン2は、「犯罪心理学者花見小路珠緒の不思議事件ファイル」として、主役の花見小路珠緒には、モデル出身で女優の田丸麻紀、劇団扉座の山中崇史(「相棒」のトリオ・ザ・捜一)・鈴木あずさ=高橋麻理・折口信夫=犬飼淳治・佐野紀久子=仲尾あづさ 他のメンバーが出演している。お時間、あれば。

  番組公式サイト(http://www2.jfn.co.jp/horror/)
  田丸麻紀(http://www.oscarpro.co.jp/profile/tamaru/)
  劇団扉座(http://www.tobiraza.co.jp/)

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犯罪心理学者春藤芽衣子の不思議事件ファイル
ファイル№9『悲しくて 切なくて』(3)
    作 村上 信夫

切なくて・・・

千佳は聞いていた。
何が起こったのか、どうしていいのかわからなかった。
目を閉じると宙を飛んだ。
実家の屋根の上にいた。
中は、父と母の悲しみでいっぱいになっている。入っていけなかった。
・・・会いたい。
でも、母の泣き顔を見るにしのびなかった。
父は黙って酒を飲んでいるに、違いない。教育者の父は、多分、いつもと同じ苦虫を潰したような顔でいるだろう。そうやって、悲しみに耐える父だ。
いたたまれなくなって、千佳は宙を飛んだ。
・・・保坂君を助けなきゃ!!
千佳はそう決心した。

芽衣子は、警視庁捜査五課の折口の机に坐っていた。
「どうしたものか」
2時間前に、保坂を東京地検に送ってから、ここに坐っている。保坂の事情聴取が終わるまで待っているつもりでいる。
大きなため息がでた。
電話を取り上げ、折口の携帯の番号を押した。
もう何度目だろう。さっきから、折口の携帯に何度も電話をかけている。だが、会議中なのか、それともどこかに置きっぱなしなのか、留守番電話のまま。
「この電話は、電波が届かない場所に・・・」
留守番メッセージの応答が出た。
折口は、捜査に入ると上からの連絡がうっとしいと、携帯電話をロッカーに放り込んだり、机の引き出しに仕舞い込んだり、携帯電話を置きっぱなしにして出かけるくせがある。
「芽衣子です。このメッセージを聞いたら、すみません。至急、ご連絡をお願いします。
今、折口さんの机にいます」
三木に頼んで所轄から解放された保坂が、まさかもっと大きな事件に巻き込まれているとは思わなかった。
「三木のやつ・・・」
これだから、エリートは信用がおけない。
保坂の話は、にわかには信じがたい。
かといって、嘘を言っているようにも思えない。
「先生!」
紀久子の声で我に返った。
没頭していたせいか、紀久子が来たことに気づかなかった。
「あずさちゃんは?」
「地検のロビーにいます。一応、三木さんが一緒に」
缶コーヒーを買ったり、なぐさめたり、世話を焼いているらしい。
保坂のことが気になって来たのだった。
「影を見ました・・・」
「いた?」
芽衣子は、紀久子にすべて話すことにした。もちろん、あずさに秘密ということで・・・。
「先生は、その話、信じます?」
「保坂君にも言ったけど、幽霊は信じないけど、彼の話は信用する」
「と、すると?」
「さっきから考えていたんだけど、その千佳さんていう人、普通なら一時的な記憶喪失。
自分にとって、嫌な記憶を消していると思う」
「じゃあ、自殺の寸前に、何か見た と」
「情報が少なすぎて、なんとも言えないけど、自殺以外の可能性も考えた方がいいかもしれない」
芽衣子はそう推理している。
小泉千佳がどのくらい、大物代議士を中心とする贈収賄事件に関与しているかわからないが、千佳が探していたという領収書は、事件に関連したものに違いない。だから、千佳の死後、誰かが、彼女の部屋を徹底的に家捜した。
「多分、事件の関係者よね。証拠隠滅が狙いだと思う。そう考えていくと、自殺というのも怪しくなる。地検もそう考えているんじゃないかな」
「でも、保坂さん、領収書のこととか言わないでしょう。きっと」
「そう思う。だから、折口さんか、うちの父親をつかまえようとしているんだけど、どっちもだめ・・・」
「話してみましょうか。私、その人と」
「地検、行くか!」
芽衣子が立ち上がった。
五課を出ると、芽衣子と紀久子は地検に向かって走った。
「とにかく、急ごう!!」
「東から黒い影が近づいています。あの人です!」
芽衣子は空を見た。黒い物が、一直線に地検に向かって飛んでいった。
「紀久ちゃん、あれあれ!」
「先生、怒っています。あの人、怒っています」

地検の会議室では、保坂に対して、容赦なく質問が浴びせられていた。
「だから、どうやって、小泉千佳のマンションを知ったんだ?」
「所轄では、幽霊に案内されたって、言ったらしいが、そんな馬鹿なことあるか?」
男2人と女1人、3人の検事がやつぎばやに質問する。
「ちょちょ、そんなに一度に言われても・・・」
「あなたが、小泉千佳の自殺の場に居合わせたことは、知っているの。そのとき、何か頼まれなかった?」
「何で、僕なんかに」
保坂は、千佳の姿を見つけた。
<来るな!千佳さん、来ちゃいけない!>
呪文のように唱えた。
・・・あなたを、助けなきゃ。
「あのマンション、彼女が自殺した場所ね、小泉千佳の上司が住んでいるの」
「だから、何ですか?」
「2人の関係は、さっき一課の刑事に聞いたでしょう。オフィスラブ。いわゆる不倫ね。
もう死んでいるんだし、あずささんって言ったけ、さっきの女の子が言ったとおりなのよ」
<聞くな、聞くな、千佳さん、聞いちゃ いけない!>
・・・保坂君が危ない!助けなくちゃ。
女の検事が続けた。
「妻や子のある男と平気で寝るような女のことなんか、庇うことないのよ」
「そんな言い方、千佳さんに失礼だぞ!」
保坂がテーブルを叩いた。
あまりの勢いに灰皿がころがり、床に落ちて割れた。
検事一人が保坂の胸倉をつかんだ。
「あの女は馬鹿な女なんだ。男にだまされて、犯罪に利用されて捨てられた」
ガラスの割れる音が、千佳の頭の中で響いた。
・・・タ ス ケ ル
一語一語 頭の中に響いてくる。
保坂は、千佳が近づいてくるのを感じた。
「坊や、地検を甘くみちゃいけないよ」
ガラスの破片を拾いながら、もう一人の検事がすごんだ。
「あの女はね、殺されたんだ。小林ってやつね」
千佳の記憶がすべて戻った。白い霧がすべて晴れた。
・・・あのとき、私を突き飛ばした男がいた。
<思い出すな!思い出してはいけない!>
・・・その男に向かって、あの人は何か頷いた。
   あれは、殺せの合図!? 
<だめだ!>  
千佳の形相が変わった。
目をかっと見開き、怒りのために髪が逆立ち、手の指の爪が鋭く長くのびた。
「やめろ!」
その言葉とほぼ同時だった。テーブルがぎしぎし揺れた。女の検事が椅子ごと床に叩きつけられた。
ギャーッ!!
短い悲鳴をあげて気絶した。
椅子という椅子が、窓ガラスにぶつかり、宙に浮いたテーブルが検事たちに襲い掛かった。
「千佳さん、やめろ!やめろ!止めてくれ!」
・・・タ ス ケ ル
その声は、もうあの優しい千佳の声ではなかった。
ドアの向こうから、何度も叩く音がする。
ノブを回し、ドアを開けようとしている。
「保坂君!保坂君!」
「弘!弘!弘!」
「検事、大丈夫ですか!」
異変の音に、廊下に集まった人たちの叫びとドアを叩く音が錯綜する。
千佳は、右手を宙高く伸ばし、人差し指で渦を描いた。テーブルがその渦に乗ってまわって、あたるもの全てを壊して進む。
千佳は、ゆっくり検事たちに近づいた。
「止めろ!止めるんだ!」
保坂がその前に立った。
「千佳さん、止めるんだ!」
・・・タ ス ケ ル
「何だって、こんなひどいことをするんだ。これじゃただのバケモノだよ。やめてくれよ。
千佳さん、もう人間じゃないんだ。やっぱり幽霊なんだよ」
保坂の目から涙が溢れ出した。
千佳の動きが止まった。
「ひどいよ。ひどいよ・・・」
泣きながら、保坂は検事たちの上に乗ったテーブルをどけようとした。
ドアが開いた。
芽衣子、あずさ、紀久子、そして、銃を構えた三木と、衛視が続いた。
「ど どこにいる」
紀久子が、呪文を唱えながら、宙に文字を書いた。
臨(りん)、兵(びょう)、闘(とう)、者(しゃ)、皆(かい)、陣(じん)、烈(れつ)、在(ざい)、前(ぜん)・・・。
・・・なんで、私が?
保坂は、千佳の悲鳴のような声を聞いた。
千佳は自分の両手を見ていた。
・・・違う。違う。
じりじりと千佳は後ずさりした。
「あなたの悲しみはわかります。しかし、あなたは既に冥界のもの。切りて放てよ梓弓。引き取りたまえ経の文字。静かにお引取りなさい!」
・・・私は、あの人に裏切られた!
千佳は泣いていた。
千佳の悲しみは恨みに変わっていた。
・・・私は、殺された!
千佳は宙に飛んだ。
「千佳さん。行くな!」
その後を、保坂の悲鳴のような叫びが追いかけた。
千佳は黒い一筋の影となって、空を走り去った。

パトカーのサイレンが鳴った。
「三木さん、早く!早く!」
「わかっていますって」
芽衣子たちを乗せてパトカーが走った。
「これ以上、あの人に何かさせてはならないんだ」
「でも、もう遅いかも。心は、恨みで一杯になっています。鬼になりかかっています」
「そんなことない。そんなことない」
小林のマンションの前についた。
屋上で悲鳴があがった。
「あそこだ!」
芽衣子たちは一斉にマンションに向かった。その先頭を、保坂が走った。

宙に持ち上げられ、子供が泣いていた。
男に、ゆっくり千佳が近づいている。
「パパ。パパ」
父に助けを求めている。
「頼む。その子には罪はない。放してやってくれ」
土下座し、頭をこすりつけている。
・・・私を裏切り。殺した。
そばに子供と女が気絶していた。
「仕返しなら、私一人に。頼む」
・・・利用しただけ
「千佳さん、ダメだよ。そんなことしちゃ、ダメだよ」
階段を駆け上がった保坂が叫んだ。
千佳の歩みが止まった。
「千佳さん、泣いてくれたじゃないか」
保坂が千佳のそばに寄ろうとした。
・・・近づくな!
「本当に愛していたんだ。本当だ。信じてくれ。利用するつもりなんてなかった」
千佳が小林をじっと睨んでいる。
「千佳さんだって、その人を愛したことがあったんだろう。思い出してみようよ」
・・・嫌だ!忘れた。
「今なら、まだ、間に合います。やめましょう。このままでは、魔道におちることになります」
・・・構わない!
紀久子は、両手で印を結んで呪文を唱えようとした。
それを、芽衣子が止めた。
「それ以上やってはいけない」
あずさが前に出た。保坂の隣に立った。
「千佳さん!」
「悔しいのわかる。同じ女だもん。でも ・・・」
千佳が、2人を振り返った。
目に優しい光が宿ったように見えた。
小林がそれを見ていた。
「取り返しのつかないことをしてしまった。魔が差したんだ。馬鹿だった。ごめんなさい、ごめんなさい」
立ち上がると、小林は屋上から飛び降りた。
「これで、息子は許してくれ」
千佳の目から涙がこぼれた。
「はーっ!!」
千佳の手が、小林を招き寄せた。落ちかけていた小林が、屋上に引き戻された。
「千佳さん・・・」
保坂が千佳のそばに駆け寄った。
子供が保坂の腕に落ちた。
・・・この子達に罪はない。
「そうだよ」
千佳の表情が少しづつ柔和になった。
保坂が子供を降ろした。
「パパ・・・」
子供が小林に抱きついた。
千佳が両手で印を結んだ。
「だめ!それをやったら、あなたが、消滅してしまう」
紀久子が止めようとした。
「どういう意味だ!?」
「霊となった人が一度だけ使える霊力。自分のことを忘れさせることができる。でも、それを使ってしまったら、魂は存在できず、完全に消滅してしまう」
「そんなのだめだよ。千佳さん」
・・・いいの。子供達や奥さんには関係ないんだもん。パパは優しい方がいい。
千佳は印を結び、呪文を唱えた。
・・・アビランウンケン
子供と妻が、千佳の呪文に合わせ、痙攣するように体を反応させた。
「消えちゃ ダメだ。次に、次に、きっと素敵な愛がみつかるから。消えちゃ、だめだ」
・・・ この子達には、未来がある。今日のことは忘れてもらった方がいい。
千佳の体が、少しづつ透き通っていく。
「千佳さん!」
・・・ ありがとう。保坂さん。私のこと 忘れないで。
「忘れないよ。忘れるものか」
保坂が手をのばした。それに応えるように、千佳も手をのばした。
・・・ やっぱりいい。忘れて。いつか、きっと忘れる。お願い忘れて。でも、でも、今だけ、今だけでいい、私を愛して。
「千佳さん!」
手と手が重なった。保坂は、確かに、千佳の手のぬくもりを感じた。
千佳の顔は優しく微笑んでいた。
一陣の風が吹き抜けた。
千佳の姿は、消えてなくなった。
「千佳さん!!」
吠えるような保坂の泣き声が宙に舞った。

ある晴れた日に・・・

夏の晴れた日だった。
青空がどこまでも、すっきりと透き通っていた。
ホテルのプールサイドで、折口と芽衣子がカクテルを飲んでいる。
「そうですか、小林さんがすべてを話して・・・」
「ええ、おかげで、代議士の逮捕にたどり着けたようです。小林は東洋商事から代議士へ渡す賄賂作りの担当でした」
「それに使われた伝票を、千佳さんの所に預けていたんですね」
「自分の女ですからね。一番、安全だと思ったのでしょう。でも、地検の捜査が代議士や会社に及ぶようになって、証拠隠滅を命じられた・・・」
「そうですか・・・」
「大丈夫ですか、保坂君」
「ええ、なんとか」
そのとき、プールで遊んでいた保坂やあずさ、紀久子など、犯罪心理学教室の学生たちから声がかかった。
「先生!!」
「一緒に泳ごう!!」
「は~~い! ほら ね」
「若いってことですか 」
「私も一緒に 遊んできます。でも、本当にご招待いただいていいんですか?」
「大丈夫。地検と一課にまわしておきますから。どれ、私は一眠り。昼ごはんのときにでも、起こしてください」
「はい」
立ち上がると芽衣子は、学生たちに手を振り、一気にプールに飛び込んだ。
                                <END>


企業不祥事が止まらない理由
村上 信夫,吉崎 誠二
芙蓉書房出版

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