☆三等星☆

~小ネタと妄想と切ない気持ち~


ごゆるりとしていってください。

三浦半島を南へ(3)

2007年10月24日 08時05分44秒 | 小ネタ

一瞬で永遠の邂逅を惜しむように、

ペダルは僕をゆっくりと運んでいった。


観音崎青少年の村を過ぎると、

すぐに東京湾海上交通センターのトンネルが見える。

その入り口は、昼間にもかかわらず不気味に暗い。

眩しい夏の陽と暗黒の入り口、その対比にゾクッとする。


視線を回せば、すぐ先には多々良浜。

小さく美しい入り江に日差しが揺れる。

「たたら」という古語は、製鉄を意味する。

かつて日本人は、砂鉄と木炭を混ぜて燃やし、

非常に丈夫な鋼を作っていたという。

この浜でもそんな作業が行われたのだろうか。


道はやがて海沿いを離れ、上り坂になる。

途中、コンクリート壁から染み出す湧き水に

大きな蝶が舞っていた(写真)。

夏の光を跳ね返す強烈なコバルトブルー。

ミヤマカラスアゲハだ。

日本で最も美しい蝶の1つである。

この蝶は面白いことに、花の蜜だけでなく水も飲む。

美しい色彩も含めて、モルフォチョウそっくりである。

この蝶は、緑の濃い地域でしか育たない。

ミヤマカラスアゲハがいるということは、自然が豊かな証拠なのだ。


気まぐれに舞う蝶を残し、自転車を漕いでいく。

坂道を下ると、開けた港に出た。

ペリーが訪れた町、浦賀だ。

おそらく黒船来航当時の浦賀は、寂れた漁村だったはず。

そこに突如として黒船が現れ、

それを眺めに、どっと見物客が押し寄せた。

異国の艦船を見た見物客は大喜びで、

またその客を相手にする商売を始める者もいて、

辺りはお祭り騒ぎのような様子だったらしい。

ただ、喜んでいたのは民衆ばかりで、

幕府が頭を抱え込んでしまったのは有名な話である。


小学生の頃、黒船来航の目的は

アメリカの捕鯨船への給油許可だったと習った覚えがある。

確かにそのような目的もあったのかもしれない。

しかし、歴史の流れを俯瞰すると、

アメリカの大局的な目的が見えてくる。

それは、市場の獲得である。

開国後すぐに来日したアメリカ総領事ハリスが

日米修好通商条約の締結を熱望したのは偶然ではない。

アメリカは、日本に貿易をしに、

より正確にはアメリカ製品の輸出をしに来たのだ。


現在、再び静かな港に戻った浦賀湾を横目に、

県道を抜け国道134号に乗る。

この道は、横須賀に発し、

湘南の海風を受けて遥か伊豆まで延びている。

しかし、同じ134号でも、

今回走る区間は海岸沿いではなく山の中。

ジリジリ照りつける日差しの下、

果てしなく上り坂が続いていく。


5分こいでも10分こいでも坂は終わらない。

汗はダラダラ、足はパンパン、タイヤはベコベコ、

その上サドルでこすれて尻が痛い。

ひと漕ぎごとに尻が悲鳴を上げる。

もうチャリンコから降りてしまえ、という誘惑と

ボラギノール愛用者になったらどうしよう、という恐怖と

それぞれ百回ぐらい戦ったところで、

ようやく坂のてっぺんに着いた。

ここからは長い下り坂、なのに下りは一瞬。

俺の人生か。

坂を下りきったところで、坂の名前を示す標識があった。

「尻こすり坂」。

・・・なんなんだ、このピッタリすぎる名前は。


(続く)

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