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それもある意味散歩

壁の釘

壁の釘
ヤスノリ
家の近くに川が流れていて、川沿いには自転車が通れるくらいの遊歩道がある。
川沿いの道は土地が一段低くなっているため、片側が2メートル程度の崖になっていて、コンクリートの壁がそそり立っている。

ある冬の日、その壁に、何か引っかかっているのを見つけた。



ニット帽だ。



どうやって引っかかっているのかと思ったら、壁に釘が一本刺さっている。
ニット帽を引っかけるのにおあつらえ向きの釘が。

ちょっと考えてみると、いろいろおかしい。

ニット帽を拾った人が善意で掛けた、というシナリオにはちょっと違和感があるような気がした。
遊歩道で帽子を拾った人が居たとして、その人は植え込みの上に置くんじゃないかと思う。壁にちょこりんと刺さっている小さな釘に気づくかしら。現に俺は10年住んでいて、全く気づかなかった。

そもそもこの釘は何故こんなところに刺さっているのか。例えばここがゴミ捨て場でホウキを掛けるために住民が打ったとかなら分かるけれど、そういう場所ではない。かつてそうだったこともないと思う。

いろいろな可能性を否定していくうちに、なんとなく、ニットの持ち主が自分で釘を打って、自分で引っかけた絵が思い浮かんだ。ここだけ誰かの部屋なのかな? そのくらい、生活を感じた。


そのうちニット帽も無くなり、そんなことはすっかり忘れて、長袖が半袖になった頃だろうか。



お前の部屋かよ!

これ、ここで脱いで引っかけましたよね。今お前はパジャマ的なものに履き替えたの? ちょっとくつろいじゃってんの? どんなパンツ履いてんの?
そんでその片付け方かっこよろしいですなあ! 大学の先輩がやってた。5本くらい暖簾みたいにかかってたわ。


釘に何か掛かっている現象には、それからも半年に1回くらいの頻度で遭遇した。



お前の部屋かよ!

っていうかそれ、彼女のバッグ? それはその、彼女もさあ、この状況に疑問を持たなかったの? 「カバンそこにかけていいよ」って言われたとき、スッと理解したの?




だから、お前の部屋かよ!

もっとあれだ、ティファールとか使え、サッポロ一番茹でるやつだそれ。これだとそんなに料理の幅が広がらないぞ。アルミは腐食がはやいからなんか作ったらすぐ皿に移すんだ。
そういうことじゃないわ! おかしいだろ! 公道に鍋を掛けるな!




お前の部屋かよ!

いやもう、お前の部屋だよここ。お前の部屋でいい。
なんだろう。そこまでの覚悟があるならば、お前の部屋でいいわ。
お前の部屋だよ!


実際のところ、これが何なのか全く分かってない。

この付近で、家でしか開けないような食べ物の袋を何回か見つけたことがある。これも不思議なチョイスだ。





だからちょっと路上生活者の存在を疑ったことがあるんだけど、それならもっと違う食べ物!! と思ったし、ここは住むには煩すぎる。せまい遊歩道ながら駅への最短経路にもなっていて、人がわりと通る。幹線も近い。

何より、それ以外の雑多な生活感、例えば段ボール、新聞紙、靴、そういったものを見かけたことがない。一方で、家でしか開けない食べ物もそうだけど、 釘に引っかかっている物たちの強烈な質感は、生活の痕跡など生易しいものではなくて、どこかで営まれている生活そのものの欠片を剥ぎ取って移植した感じがする。

もしかすると、この釘は、どこかの部屋のフックのようなものと、ごくたまに入れ替わってしまうんじゃないだろうか。ピンポイントで、空間が入れ替わる。
どこの部屋かも決まっていなくて、男の部屋だったり、女の部屋だったり、台所のフックだったりする。たまに座標設定に失敗して、冷蔵庫の中の棚とかを転送してしまうこともある。




昨日は春物のスカートが転送されてきて、風に揺れていた。


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ヤスノリ
サンポー主催のお散歩おじさん。さいきんおちつきがある。
ヤスノリの散歩 / Twitter

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