わたしの山日記 **山川陽一の環境レポート**

あの山あの峪、かつての美しい自然がすっかり変わってしまったのを見る度に胸が痛む。何とかしければいけないと思う。

48.奥鬼怒の今昔

2006-12-08 07:52:07 | Weblog
奥鬼怒は忘れえぬ場所である。私が最初に奥鬼怒を訪ねたのは、昭和32年、まだ雪深い3月初旬だったように記憶している。学生仲間5人でテントとスキーを担いで富士見峠から尾瀬沼に入り、雪の山稜をたどって八丁の湯に下り、更に根名草山、温泉(ゆぜん)岳を越えて金精峠に至り、日光の湯元に下った。そのとき、無人の八丁の湯で、雪見をしながら露天風呂を使わせてもらった記憶が今でも蘇る。
次にここを訪ねたのは、学校を卒業して数年がたち、私が渓流釣りに熱をあげはじめたころである。当時の私は、休日や休暇の大半を渓流釣りに費やしていた。今では一木一草、魚一尾捕ることが許されない尾瀬も、まだそんな制約はなく、以前山登りで訪ねたときのあのヨッピ川を悠然と泳ぐ大岩魚の姿が脳裏に焼きついて、ひとり尾瀬を訪ねたのだが、滔々と流れる豊かな水量の川での釣り方がわからず、一尾の釣果も得られなかった。後日、釣り方さえ知っていればぜったいにあの大物を手に出来たはずなのにと思ったりしたものであるが、後の祭りで、そのときの尾瀬はもう永久禁漁になってしまっていた。自分の釣技の未熟を棚に上げて、尾瀬の岩魚は釣れないものと決め込んでしまった私は、方針を変えて、その足で鬼怒沼山を超えて日光沢温泉に下った。そこでも、いくら竿を振っても一向に魚がかかる気配はなかった。釣り下って加仁湯に泊まることにしたのだが、宿の若主人曰く「本流をいくら攻めても無駄だよ。去年の秋の台風で魚がみんな流されて、あと2.3年は釣りにならないよ」とのことであった。失望している私をたぶん可哀想に思ってくれたのだろう。せっかく山越えして来たのだからと、土地の人だけが知っている支流の隠し釣り場とそこでの釣り方をこっそり伝授してくれたのだった。その小渓で手にした数尾の岩魚の感触は今でも忘れられない。
これが私の奥鬼怒詣での始まりで、それから数年間、川俣温泉をベースに鬼怒川上流域の渓を釣り歩いた。夫婦淵を過ぎると、下流から八丁の湯、加仁湯、日光沢温泉と続き、本流の川筋から外れた山の中腹に手白沢温泉がポツンと位置して、当事はみんなランプの宿だった。年を経るにしたがって電気が灯り、魚もだんだん釣れなくなって、私の足も遠のいていった。田中角栄の日本列島改造論が発表され、日本は高度経済成長真只中の時代であった。

そんなあるとき、新聞で、奥鬼怒でテンカラ釣りの講習会があることを知り、昔を思い出して参加を申し込んだ。最初に釣りに訪れたときからもう20数年が過ぎていた。私の中を懐かしい思いが駆け巡り、胸はふくらむ一方であった。しかし、思い出の地で私を待っていたのは、失望以外のなにものでもない。夫婦淵に着くと、川は護岸工事とテトラポットの投入で、昔日の清流の面影はすっかり消えうせてしまっている。夫婦淵から先は林道(奥鬼怒スーパー林道*)が通じて、宿泊者だけの特権で宿までマイクロバスで送迎してくれるという。バスに乗せてもらって到着したあの日の宿は、すっかり近代的な鉄筋コンクリートの建物に生まれ変り、仰ぎ見ると奥鬼怒スーパー林道の鉄橋が谷を堂々とまたいでいる。中にはカラオケルームもあって、それはもう秘境のイメージには程遠いものであった。ノスタルジーに過ぎないといわれるかもしれないが、私にとっては、この山奥まで来て泊まる意味もない俗な温泉旅館のひとつにしか映らなかったのである。ちなみに、秘湯の呼び名がぴったりだった手白沢温泉も、新築されてすっかり瀟洒な建物に生まれ変り、送迎バスも通じて、わずかに日光沢温泉だけが古き時代の面影を残している。

ささやかな私の一体験についての話であるが、こんなことは特に奥鬼怒に限ったことではない。戦後のわずかな年月の間に、日本全国いたるところが、そんな風に変わっていったのである。

奥鬼怒(おくきぬ)スーパー林道*
スーパー林道は、昭和40年ころから全国23の山岳地帯で開発が進められた。開発主体は林野庁直轄の森林開発公団(現・独立行政法人緑資源機構)である。林道と言っても、実態は、景観の優れた国立公園内などの山岳地帯を選んで計画された観光道路であった。奥鬼怒スーパー林道は、奥鬼怒と尾瀬を結ぶ路線として開発されたが、平成3年に完成以来、反対運動によって、許可車以外通行禁止の措置がとられている。

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