70の瞳

笑いあり涙あり、35人の子どもたちが生活する児童養護施設「さんあい」の出来事や子どもと職員の声をお聞きください。

スポーツと文化の秋

2018-09-30 16:02:37 | 愛すべき子どもたち

すっかり秋らしい気候になってきました。子どもたちは、運動会や様々な文化芸術活動で相変わらず忙しくしています。中には土日になるとお昼近くまでゆっくり寝ている子もいますがそれもよし。沢山たべて成長してください。「天高く馬肥ゆる秋」でもあります。

運動会では、とにかく一生懸命に頑張った子どもたちです。

 

タイの交流会の報告を聞くこともできました。

 

そしてヒップ・ホップダンスの練習も再開しました。涼しいので激しい動きでも大丈夫です。やっぱり秋はいい。

 

 

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15夜の夕食

2018-09-26 18:02:52 | 愛すべき子どもたち

さんあいでは、子どもたちに四季折々の移ろいを食卓でも感じて貰おうと「行事食」という形で楽しんでいる。食材とメニューは栄養士さんが決めるが、細かいアレンジや盛り付けは、各ユニットのケアワーカーの腕の見せ所だ。さて今回は十五夜の食事をご紹介します。

メニューは栗ご飯とハンバーグ、サトイモにお野菜です。二個の目玉焼きでウサギを表現していますね。この他にお団子のデザートもあります。

 

こちらは、もっとストレートに市販のウサギの練り物を使ったようです。団子はお吸い物にも入っていますね。

 

 

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国際感覚その2

2018-09-23 01:00:00 | 愛すべき子どもたち

国際感覚を育てるためのグループワークの第2弾として、中高校生たちを若者の街である東京渋谷のインターナショナル・チャーチの日曜礼拝につれて行きました。農村地帯で生活するさんあいの子どもたちにとって、渋谷は聖地に近い感覚があるようで、駅に降り立ち開口一番「インスタ映えするね!」とか、「深谷とは匂いが違うね!」とかのコメントを発していました。

礼拝は、英語の賛美歌になんとかついて行ってる子もいれば、あきらめモードの子もいました。教会の計らいで英語の交流の時を持ていただき感謝でした。自分の名前をしっかりと英語でいえる子もいれば、恥ずかしくて小さい声になってしまう子と様々でしたが、みんな渋谷の都会感覚と英語の国際感覚に触れることができて、満足してさんあいに帰ってきました。帰る道すがら、「絶対に東京に住む!」という子もいれば、さんあいの周辺がいいという子もいました。

今は、日本人のいかような山奥や片田舎に外国人観光客が押し寄せる時代です。どこに住むことになっても、そこは世界の片隅に変わりありません。どんな場所であれ、その地域の人々と仲良く暮らすことが、国際感覚を育む最終目的のように思います。


渋谷の街中ではキョロキョロと落ち着かない様子の子どもたちでした。


教会では、様々な国籍の方々が共通語である英語で礼拝をしています。


牧師先生はアジアの国の方でしたが、英語でメッセージを伝えていました。



交流会では、教えてもらいながらでしたが英語で自己紹介ができました。

 



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うれしい提案

2018-09-20 16:30:38 | 愛すべき子どもたち

小学生の1人からこんな提案があった。「北海道のために募金はしないのですか? 北海道の地震は大変なことになっています。」とまじめに職員に問いかけてきたのだ。さんあいでは、「隣人を愛す」の精神で大きな災害は発生すると子どもたちと職員に募金をお願いする。一番最近のものは、7月の西日本豪雨に対する募金だ。 集まる額も大切だが、小さな子どもたちが被災者の方々の窮状に関心を寄せアクションを取ろうとしていることを大切にしたい。明日から早速募金箱を回すことにしよう。

これが10年以上使っているさんあいお手製の募金箱です。

 

 

 

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中庭コミュニケーション

2018-09-16 11:31:37 | 愛すべき子どもたち

井田端会議というものがある。江戸時代の長屋の主婦たちの共同井戸の周りで洗濯や炊事に集まってきた。その女性たちのコミュニケーションの場で家族の課題や夫婦問題が語られたことからそのように称したのであろう。

さて、さんあいの園舎のつくりも長屋と同じだ。それぞれにユニットには、独立した玄関があり小さな庭もある。子どもたちは学校から帰ると、それどれのユニットに帰り、部活に忙しい中高たちは他のユニットの子たちとゆっくりと話す機会は少ない。

でも、さんあいの良いところは、コの字型に配置されているユニットの中心に中庭があり、そこが子どもたちのコミュニケ―ションの場になっている点だ。

夏の猛暑の間は、さすがに中庭に出てくる子たちの数は少なかったが、最近では学校の後や休みの日は小学生を中心に子どもたちの遊ぶ姿が戻ってきた。子どもたちが中庭に戻ってくると職員も中庭で見守る時間が多くなり職員同士のコミュニションの場も増えてくる。さんあいにとって中庭は欠かすことのできないコミュニケーションの場になっている。

このところの雨で中庭の芝が程よく伸びてフカフカ状態です。こんな中庭は気持ちいい!

 

こちらでは小学生たちの「ゴッコ遊び」が始まりました。

 

こちらは、宿題かな?

 

 

 

 

 

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ユマニチュード

2018-09-14 13:43:38 | 愛すべき子どもたち

ユマニチードとは、フランスで提唱されたケアの一つで、イヴ・ジネスト氏とロゼット・マレスコッティ氏の2人が考案したケア技法で、世界各地の介護や医療の現場で実践されており、特に認知症の人のケアに有効だと言われています。

この技法の柱は、患者や介護対象者をサービスの対象者として見るのではなく一人の人間として見つめ、「見つめる、話す、触れる」ことにより、尊厳ある人間として接することです。

日本人は、人とのコミュニケーションが得意ではない人が多いと思います。じっと目を見つめるてしっかりと話すこと、スキンシップを取ることは、多くの方々にとって大きなチャレンジではないでしょうか?

でも、弱い立場の人に寄り添うときに、この3つのことは不可欠ではないかと思います。児童福祉の現場も同じです。子どもの目線で見つめ、話すことは常に求められています。でも困難なのは、「触れる」ことです。人は不安な時に他の人に触れられると安心します。しかし、他人同士が暮らす施設では、どの程度までのスキンシップが適切かを判断することが難しい場面が沢山あります。

ただ、軽く手に触れたり、握手したり、肩や背中を叩いたりすることは、子どもたちに安心を与えます。小さい子どもたちは、布団の中で入眠する前に職員に背中をトントンしてもらうことが至極の時なのです。

大きい子たちも、自分では意識していないかもしれませんがスキンシップを求めているように感じます。施設に暮らす高校生たちをアメリカの家庭に短期間ホームステイをさせるプログラムの報告書を読んだことがあります。その中で、頻繁なスキンシップが日常的で他人との距離間が近い文化の中で短期間のうちの子どもたちはホームステイ家族と打ち解け、数日後のお別れの時は涙とハグの感動的なものだったとありました。

このような文化を羨ましいと思いますがここは日本です。アメリカの文化を施設で適応することはできません。しかし、ユマニチュードの考えは、文化の枠を超えた普遍的な部分があります。施設でも応用して子どもたちのために活用できると思います。

近くで教えてもらうと、いつもより宿題が進むね。




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児童養護施設は贅沢?

2018-09-11 14:35:02 | 愛すべき子どもたち

先日グループでさんあいを見学してくださった方々の中で、子どもたちが生活しているユニットをご覧になって、「一般の家庭より恵まれていますね!?」というお声がありました。一日3食十分に食べられない貧困家庭の子どもたちの生活実態が社会問題化している中で、そのような印象を持たれるのも至極当然かもしれません。

必要以上に贅沢にしている児童養護施設はないと思います。そのような余裕があるのであれば、貧困家庭の支援に回すべきです。一方で児童養護施設は、そのような家庭の子どもたちが活用する社会資源になっています。つまり、子どもたちの最後の砦としての役割を担っているのです。そのような砦となる施設は、構造的にも設備的にもしっかりしたものが求められます。

また、虐待や貧困等の理由で児童相談所を経由して入所しきた子どもたちの多くは、想像を絶する困難な状況を生き抜いてきた「サバイバー」と言えます。心身に傷を負った子どもたちを受け入れる児童養護施設は、安心安全が守られて子どもたちが傷を癒すような環境が必要なのです。また、小学校の高学年ともなればプライバシーが確保され一人で泣きたいときに泣ける個室も必要です。

これらの視点に立って児童養護施設の生活環境は整えられています。

一般家庭は、消火訓練はないよね。でも施設はみんなが安心安全に暮らせるために必須になっています。

 

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国際感覚

2018-09-07 13:28:21 | 愛すべき子どもたち

昨日起こった北海道地震の被災者の方々及び困難な生活の中にある方々に、心よりお見舞い申し上げます。

子どもたちに外国の方々と触れ合う機会をもつことにより少しでも国際感覚を持ってもらおうと、小学生全員でさんあいの支援者であるアメリカ人宣教師のジョーンズ先生のインターナショナル教会に行ってきました。教会は毎週日曜日に高崎市内のクリニックを借りて礼拝をしていて、近隣に住む欧米人やアジアの方々、そして日本人が集う国際的でアットホームな教会です。

子どもたちは、最初は英語で進める礼拝の雰囲気に圧倒されていましたが、メロディーの知っている讃美歌が流れると「僕、この曲知っている。」と徐々に緊張が解けてきたようでした。そしてこどもの集会になったらすっかり打ち解けて行動していました。

讃美歌は、ギターと太鼓、そしてバイオリンの伴奏でテンポの速い曲が多かったです。

 

こちらは子供集会です。振付のある讃美歌で飽きません。

 

 そして、聖書のお話です。今日はサムソンゴリアテの対決のお話です。

 

最後は、手分けをして3メートル近いゴリアテの実寸の絵をかきました。

 

 

 

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水害の備え

2018-09-05 13:32:39 | 愛すべき子どもたち

台風21号の被害にあわれた地域の皆様には、心よりお見舞い申し上げます。 

埼玉県熊谷地方に位置するさんあいでは、昨晩には強い風が吹荒れました大きな被害はありませんでした。今日は台風一過による蒸し暑い日が戻ってまいりました。昨年の台風21号による浸水被害の教訓から、排水溝を掘り排水ポンプも購入して水害に備えました。幸いにしてポンプを稼働するまでの雨量には至りませんでしたが、突然のゲリラ豪雨に備えて、排水ポンプの設置方法などについて再度職員と確認いたしました。

朝は涼しくて快適でしたが、午後になると気温が上がり35度にもなる猛暑が戻ってきました。でも最近の雨のお陰で庭の芝生が奇麗になりました。

幸い今回の台風では、排水溝とポンプの活躍は見られませんでした。

 

 

急なゲリラ豪雨でも職員が対応できるよう手順などを確認しました。

 

 

 

 

 

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高価で尊い

2018-09-03 01:00:00 | 愛すべき子どもたち

偉大な心理学者アドラーは、人は他の人へ貢献することによってのみ真の幸福感を得られると言っている。そしてその貢献は行動を通してだけでなく、その人の存在そのもののが人を幸せにしていることを認め合うことだという。哲学者の三木清は、「幸福とは鳥が何の意識もなくさえずり、それを聴いた人が幸福感を感じるようなものだ。」と記している。 ここで大切なのは、さえずる鳥が幸福であって聴いた人ではない。つまり鳥のように意識せず、その鳥の自然体(存在そのもの)が幸福を与えている状態が真の幸福だと言っているのだ。

さんあいでは、子どもの泣き笑いが毎日の生活で繰り返させられる。それは子どもにとって存在そのものだ。泣かれれば大変だが、笑顔で無邪気に遊ぶ姿に癒され、職員に幸福感を与えてくれる。

俯瞰的に考えれば、子どもの泣き笑いのない地域社会はなんとも暗く、将来の不安を思わずにはいられない。少子高齢化の今の日本全体はまさにこの状態だのだと思う。泣いてもいい、周りに迷惑と思われてもいい、子どもの存在そのものが必要だし貢献しているのだ。

では高齢者は、障碍者は? 子どもと同じに存在そのものが貢献しているのだ。生きている人たちは、誰かにその存在で貢献している。さらに突き詰めれば、すべての人は神により命を与えられ、高価で尊いものとされた。神自身がすべての人の存在を喜んでおられる。

肝心なのは、自分自身を含めてすべての人は高価で尊いと認め合うことではないか。

中庭に暫く立っていると、今日も子どもたちの泣き笑いが部屋から聞こえてくる。

 

 

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