70の瞳

笑いあり涙あり、35人の子どもたちが生活する児童養護施設「さんあい」の出来事や子どもと職員の声をお聞きください。

問題の外在化

2019-01-01 00:00:16 | 愛すべき子どもたち

問題の外在化とは、問題を当事者とは切り離し、その問題を擬人化することにより、当事者の苦しみを和らげ、問題の解決に導く手法です。さんあいには反応性愛着障害が主な原因と思われる癇癪持ちの子どもたちがいます。その子たちは、ほんの些細なことで癇癪をおこしますが、そんな時に職員は、その子の癇癪を「プンプン虫」としって外在化し、「〇〇ちゃん、プンプン虫が暴れちゃったね!」と言って、問題をその子に負わせないで、客観的に捉えるようにしています。この方法を続けると職員も感情的に子どもを叱ったりせずに冷静に対応できるようになり、子ども自身も問題を客観視できるようになってゆき、癇癪が収まった後には、「プンプン虫が来たんだよ。」などと言うようになります。

 

子どもたちがほんの些細なことで癇癪をおこしたりキレたり激昂することを「対応困難児童」として、問題を本人たちの責任に帰すことは間違っています。多くの困難を乗り越えて施設までたどり着いた子どもたちです。心の傷や渇きあっても不思議ではありません。

一方、問題は問題として子どもたちの自立のために改善してゆくことが施設と職員の役目であることも忘れてはなりません。そのために問題の外在化はとても有効な方法と言えます。

 

実は、問題を外在化することは、聖書のメッセージと共通するところがあります。

聖書は、神が人をご自分のイメージに似せて創造された良いものであると教えます。そしてどんな人も「高価で尊い」と神ご自身が宣言しています。有名人でなくとも権力者やお金持ちでなくとも、いや罪を犯したとしても、私たち一人ひとりは「高価で尊い」ものなのです。このメッセージを、特に傷つき自分は価値のないものと思い込んでしまっている子どもたちに知って欲しいのです。また聖書は、人の問題の根源を「罪」と言っています。どんな人でも「罪」を持っています。これは認めなければなりません。しかしそれは、外在化によってその人の価値と切り離して考えるべきです。イエス・キリストは、この罪の解決のためにこの世に来られました。かれの生涯は、「罪を憎んで人を憎まず」という愛の実践でした。人は自分自身の力で罪を消し問題行動を無くすことはできません。それは子どもたちが、自分自身で問題行動を解決できないことと同じです。人が問題を神のひとり子、イエス・キリストに委ねるときに、神は必ずその人に助けを与えると教えるのが聖書の「救い」のメッセージです。 「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。」(マタイによる福音書1128節)

 

新年にあたり、子どもたちと職員、そして関係者の皆様の幸せを心より祈るものですが、1年間何もなく毎日が幸せな時だけではないということも私たちは知っています。ですから、辛いとき苦しいときにイエス・キリストに問題に委ね、神が皆様を助けてくださることを合わせてお祈りいたします。              

God bless you for the year 2019!


事務所前に飾ったか鏡餅。日本鏡餅組合からの寄付です。

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