中野さなえ活動日誌

花には太陽を こどもらには平和を

会議。物資が届かない!栄村、避難解除にはなったけど・・・。

2011年03月22日 19時23分05秒 | 活動日誌

あせび 訪問先で

 常任委員階でした。災害支援活動と選挙活動とを、どちらもしっかりやろうとの会議でした。

 被災地の施設や病院の状態を聞くたび、医者を減らし国公立病院も閉鎖や縮小をしたり、看護士や施設の職員の定数基準を低く抑えるなど、医療や福祉を大事にしてこなかった政治が被災者の救える命も救えない事態を作っていると、私は憤りを覚えます。災害に強い町は「福祉」にも強い町、「命どう宝」が息づいている政治です。

 だから、命を守る政治をすすめるために、選挙は勝たなければ。人間がお粗末にされる政治はもう沢山ではありませんか。

 会議で「物流が悪くて、食料もすみずみまで行き渡っていない。うちの近所では、『自衛隊のヘリコプターで落とせないのか』とみんな怒っている」との話が出ました。ここが問題です。隅々にものが届かないのは、ガソリンがないのが大きな原因です。人手も足りない。夫の行った坂病院でも、たくさんの物資が全国から寄せられているが、配達する人とガソリンが不足して、手も足も出ない状態だったそうです。

 諏訪・塩尻・木曽地区委員会の支援物資を積んだ救急車輛が、午後、石巻の避難所になっている湊小学校と、石巻にある共産党東部地区委員会についたそうです。東部地区委員会の元地区委員長だった小野寺さんに電話したら「ありがとう!」と感謝されました。

 ところが、「物資がたくさん届くようになって、ありがたい。道も片付いてきたし、共産党の事務所も新しいところを借りられた。でも、ガソリンがないから、配達できない。宣伝カーにみんな積み込んで渡して歩きたいが、出来ないんですよ。昨日はがんばって自転車でやりました」との話しです。

 本当にジリジリします。自衛隊のヘリだったら、出来るんじゃないだろうか、と私も思います。

 さて、栄村は避難解除になりました。自宅に帰れる被害の少なかった方はほっとされたことでしょう。良かった。でも、帰れない人が大問題です。当面、県で斡旋してくれた飯山市の雇用促進住宅に入ろうと思って見に行ったところ、エレベーターなしの5階しか空いていないとのこと。これではお年寄りには無理です。他の斡旋場所はどうなのか。住民のみなさんの一番望んでいる方法は、どうすることなのか。

 小学校、中学校に避難している人は、4月には学校が始まります。だから空けなくてはなりません。村の意向はどうなのか。避難している住民は、どんなに不安いっぱいのことでしょう。共産党栄村村委員会と電話でやりとりして対策を相談しましたが、これも緊急です。

 

母。目を開けるようになりました。

 石巻で助かったおばあちゃんとお孫さん、良かったですねえ!! 9日間も良く頑張った。2人だからよかったのですね。励まし合ったのですね。

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