今朝の朝ドラでは、虎ちゃんが子育てのために弁護士をリタイアせざるを得ない状況になりました。
まだ産休という考えも浮かばなかった時代、苦労した女性がたくさんいたのですね。
私は、ミミズ博士の中村方子さんを思い出しました。
大学にも産休がない時代、赤ん坊を背負って研究を続け、大学に産休制度を導入させた中村さん。
先人の苦労の上に我々の今がある。
われわれも、後輩が働きやすく自分らしく生きれるように、今の不備の改善のためなにか礎を残したいものですね。
そうだ、わたしが中村方子さんで感動しているところは、科学者としての倫理、信念を曲げなかったことです。
当時、ダイオキシンさえわかっていなかったときに、国から「枯れ葉剤は無害であることを証明して欲しい」と研究室に要請があったそうです。
「草木を枯らすものが人体に無害なはずはない」と、その時、中村さんは反対して研究に加わらなかった。
そのため、長いこと干されて研究もままならなかったそうです。
国外でミミズの研究をして認められ復帰したと。
中村さんは「あの時に妥協していたら今の研究者としての私はいない」と言っていました。
これは、ずいぶん前にラジオ深夜宅急便で彼女が語ったことです。
早寝の私が深夜宅急便を聞けるわけがありません。
今は亡き、川中島にお住まいだった仲間が、私のために録音してくれたのです。
「候補者になったのだから、何でも勉強しなければ。これもその足しに」と。
本当に嬉しいことでした。
鶴見俊輔さん、沖縄戦を生き延びた方、そのほかたくさんの方の録音があり、すり切れるまで何度も聞きました。
さて、虎ちゃんはどんなふうに復帰を果たすのでしょうか。