あと30年は使うんだし ―仲良く行こうよ―

09年7月に「第5腰椎分離・すべり症」の固定術をしました。
その入院日記と術後を綴っています。

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

トラウマをたくさん作ってくれました ~手術当日その2 術後~

2009-08-26 | 入院日記
わかってはいましたが、次に名前を呼ばれたとき、すべては終わってました(^▽^;ゞ
いいのか悪いのか、全っ然覚えてません。長い長い夢を見たような見なかったような……。
しかも上を向いています。

後々、他の患者さんと仲良くなっていろいろおしゃべりし始めて聞いたことですが、この手術、というか脊椎の手術は、上を向いたまま麻酔やらなんやら管を体中に入れられ、ひっくり返して少しラウンドした手術台の上に乗せられるらしいです。しかも足は宙に浮いた状態らしい。
そしてまたひっくり返して起こすんだそうです。


「両足、動きますかっ」とけっこう大きな声で言われ、動かしたつもり。
まだぼんやりしてますけど、この後で気管から挿管していた呼吸器を抜くんですよね。全っ然覚えてないけど。
しか~し、全身麻酔はこの直後に切れるんです。
はい。とんでもない激痛が背中に襲ってきます。
背中を刺されたらこういう感じ? ってくらいものすごいです。


過去、いろんな「痛い」を経験しましたが、脳動脈れん縮の偏頭痛発作を何度も、中でもひと晩中堪えた日のつらさに匹敵します。
人生の「二大痛い」に並びます。


一応、骨やら筋肉やら触っていますし、脊椎はメスを入れると出血が多いので輸血のために自己血を取りましたが、その術創の横に2本、管がおよそ3日間入れられます。
一つは、手術したあとも体の中では出血が続くため、出口のないその血が神経を圧迫しないように体外に出すためのドレーンチューブ。
もう一つは、そんな異物が入っているための痛み止めだそうですが、そんなのまったく意味がないほど痛いです。
その痛みに呻いている間にICUに連れて行かれるのですが、その前に痛み止めを点滴してよっ!

しかし、なんと、家族が顔を出しに来るほうが先なんですね。
二人ずつしか会えないらしいのですが、痛い私はそれどころじゃない。
横で痛み止めの準備をしてくれていましたが、そんなとんでもない状態を見られたくはありませんでした。

家族、夫と娘たちには、「大きな手術をしたんだから、これからは協力してよ」という意味で見せても構わなかったのですが、親には、特に母には見せたくなかった……。
なんだかんだ言って、一番心配していたのは母です。
当然かもしれません。自分だって、娘がこんな大きな手術をすれば心配で堪りませんから。
それなのに、あんな痛みに呻いている顔を最初に見せるなんて。
「あの顔は忘れられない」と後で言われましたが、お陰でその後の悩みが増えました。

数分後に痛み止めが効いてきて、なんとなくぼんやりして痛みも楽になってくるのですが、その後で再び家族が会いに来ます。
ここで会わせてくれればいいものを。
それでも、かなりつらい状態でしたから、なんだかどうでもよかったのは否めません。

その後、勝手に寝返りを打てないので、その都度ナースコールして体の向きを変えてもらうのですが、転がっていかないように、また、体を動かせないように背中にサンドバッグのような背もたれを置かれます。
「2時間おきに」とか言われても、いくら痛み止めで朦朧としていても、嫌なものは嫌です。
ついでに、坐骨神経痛の出ていた左足の後ろ側がかなり痛い。術前より痛かったです。
たぶん、30分間隔くらいでナースコールしていたのではないかと思います。
(後に患者さん同士で話していた際も、みんなほぼ30分間隔で呼んだらしい)

また、右の手首には例の針が刺さっていて、管を辿ったら真っ赤な点滴袋。自己血を戻していました。
反対の左手には、静脈と動脈に1本ずつの点滴と、人差し指にパルスオキシメーター、口には酸素マスク。これ、意外に息苦しいです。
そして、鼻には胃液を吸い出す細いカテーテル。この鼻のチューブも不快でしたね。
気管内挿管が前回より長かったせいか、今回は喉の痛みが長く感じましたが、このチューブが鬱陶しいし、痰も引っかかる。
たぶん、このICUのひと晩が入院生活で一番つらいのだろうと思っていました。

でも、そうじゃなかったんです。
そのお話は、また別の回で。

コメント   この記事についてブログを書く
« 行ってきまぁす ~手術当日... | トップ | 痛みとの戦いの始まり ~個... »

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

入院日記」カテゴリの最新記事

関連するみんなの記事