サンズ・トーク

自分を越えたい。時にそう思っている中高年の記。

五月旅の記(3)

2018-05-09 01:04:32 | 
次男一家とともに彼の車で上信越道の長野ICを降り、松代にある象山地下壕という遺跡を見学しました。
第二次世界大戦で日本軍が劣勢となり、昭和19年11月、軍部では本土決戦を覚悟し、極秘に長野・松代の象山に地下壕を作って、大本営や皇室を移す計画を立て、碁盤目のような壕を造り始めた。
だが翌年8月、敗戦となってこの計画は無駄になった。
土木機械や技術も劣悪、人海戦術に頼ったため、労務者の多数の犠牲者を出し、恨みの仕事は徒労に終わったのだった。
戦争の、誇れない負の遺跡なのでした。



壕内は500mぐらい入れるが、岩盤をくり抜いた壕の道が続いていました。

話は別のことですが。

幕末の思想家・科学者、佐久間象山は当地出身。
松代藩士だが、洋学をそれこそ手探りで研究して、世の中をおおいに啓蒙した逸材。
洋式砲術を学び、自ら大砲を製造、射撃したり、エレキや電信技術など多種の研究をした。
彼の塾では吉田松陰、勝海舟、坂本竜馬も門下生だった。
吉田松陰がアメリカに密航しようとして国禁を犯した際には、これを指南したとして、蟄居閉門されたという。
最後は、京都・三条・木屋町で白馬に乗って通行中、攘夷派の暴漢に襲われて落命したが、怖いものなし、大変な自信家だったという。
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