水曜日っ!
今の仕事に転職してから、それまで無かった曜日感覚が生じたことに
妙な感慨が湧いたことが昨日のように思い出されます。
今や曜日感覚が無い頃のことも忘れかけている有様ですが、
他人の休みに頑張っておいでの世の中全てのサービス業の皆様お疲れ様です!
もちろん、通常業務を日々粛々とこなされる皆様もお疲れ様にございます。
さて、まずは仕事の話などから。
私のチームには現在新人が2名程ついているのですが、
一名は”壮年でリストラされた”ような事情らしい、それなりに覚悟のある人。
ただ、もう一名が難点でして・・・(苦笑
”自分の為にしか笑えない”つまらない人間だったりします。
『笑う』って簡単なようでいて、意外と難しいことだったりしますが
こと人間である以上は、笑えないと社会生活は出来ないものですよね。
例えどんな理由があるにせよ、笑えない人は社会人失格というものです。
誰しも辛いのは一緒。皆の為に、誰かの為に笑えるひとでありたいですね。
ま、その新人については
「俺がオマエを笑わせてやるぜ」などという対象でもありませんので(笑
仕事として教育はするものの、本人の資質の是非にまで触れるつもりはありません。
閑話休題。
そんなわけで行って参りました、先週末の静岡ツーリング?
所謂【 親戚のところに顔を出した 】という範疇でございますので、
取り立てて面白いことがあったわけでもなくサラッと参ります。
◆土曜朝:
連休を取って親戚の所に向かっていた母から電話がありました。
所が、話していると何故か私も顔を出した方がよいという話に。
「それではこれから向かいますね」と、急遽静岡行きが決定いたしました。

今回は気楽なツーリングというわけではなかったので、
先方との時間の兼ね合いを優先して高速メインで向かいます。
アクアラインを抜け、保土ヶ谷バイパスから町田に入り東名へ。
案の定週末の町田IC周辺は大渋滞ですが、そこはオートバイですから(笑
東名を右ルートから進み、御殿場からは新東名へ。
夜に通ると”大変退屈な道路”という印象でしたが、日中は走り易いですね。
それにしても流れが速い。追い越し車線は設計速度のまんまで流れています。
新富士インターまで至り、そのまま西富士道路を経由して富士宮市街へ。
私の”実家”は既にここにはありませんが、この周辺には親戚の類も多いのです。
バイパスを阿幸地から富士フィルム方面に進みます(ローカル話ですみません)
途中、ハイオクを満タンにしながら潤井川沿いを南下して狐坂を沼久保へ。
今度は富士川を遡り一路、南部町に入りました。
ここには祖父と祖母の墓所があったりしますが、今回は叔父の家に。
千葉の自宅からノンストップで3時間半とはいえ、
人を待たせるには長すぎました(苦笑
私の為に残しておいてくれた昼食を頂きながら、従兄弟夫婦や叔父と久々の再会。
そういえば、この家にお邪魔するのは私が二輪免許を取得した頃以来でした。
私は家系間の情のようなものに関心があまりなかったりしますが、
古希を迎えた叔父のなんとも嬉しそうな顔はとても印象に残りました。
とはいえ、言うまでも無く母を含めてお世話になった恩人ですから
『偶には顔を出させて頂かないといかんなあ』と思うばかりです。
数時間の滞在の後は叔父夫婦に別れを告げ、
従兄弟夫婦のハイブリッドカーの先導で富士川沿いの国道52号線を南下。
この富士川沿いを通る度にいつも思うのですが、流石は”日本三大急流”のひとつ。
その荒々しく流れる姿には感動を禁じえません。

富士市に至り、もう一人の叔父をピックアップして夕食へ。
今宵の宿はこの叔父の家となりますが、自宅前からは富士山がしっかり見えました。
夕食のあと、従兄弟夫婦の提案で叔父を連れて新東名のSAへ。

【 NEOPASA 清水 】
噂に違わず、新東名は道路よりもSAが混んでいるようですが、
施設内にはライダーにとって楽しい施設や展示も沢山ありました

『なんでここにKTMが・・・』
叔父に、並んで展示されていた四輪よりもKEMの”RC8”の方が高価と話すと、
「俺だったらクルマの方を買うなあ」と(笑 まあ普通はそうですよね。
そういえば、行きに白のRC8とすれ違ったのですが私はやはりバイクが好きです。

テナントのひとつには、ウェアでおなじみの【クシタニ】さんも。
店舗の角には【74Daijiro】が展示されており、
お子さんならば試乗のシステムもあるとか。
今は亡き加藤大治郎選手は、私にとっても憧れのライダーでしたが、
親御さんが遺志を継がれる形で販売・運営しているのが
このミニバイクとそれに纏わる各種イベントです。素敵なことですね。
思えばそろそろ私のDaijiroメットも耐用年数が遥かに過ぎ、
別のメットを買わなくてはならない時期に来ておりますが、
どうにも気に入るデザインが無いのですよね。またDaijiroデザインでないかなあ。
真新しいサービスエリアを堪能したあとは、
翌日も仕事な従兄弟夫婦と別れ、叔父の自宅に身を寄せました。
実はこの叔父とも久々の再開だったりしますが、
夜は再会を祝って安酒を酌み交わしました。
◆日曜朝:
遅めの起床の後、
放置されがちな叔父の原付の軽整備を行うことにしました。
案の定、あまり頓着なく扱われたカブは気になる箇所ばかりでしたが、
普通の四輪ユーザーの感覚同様に、
オイル交換だけはされていたのは幸いでした。
あれやこれやと口や手を出しながら整備をしていると、
近所のうら若きレディ(幼女の姉妹)が「○○さん何やってるの?」と
このご時勢には不思議な光景ながら叔父に話しかけて来ます。
叔父は優しい人なので、子供と動物にはモテるんです(笑
(昭和の人間なので、見た目はおっかない職業の人の風貌です)
私も子供たちと穏やかに話していると、
今度はご近所の壮年ライダーさんがSR500に乗って登場。
私の姿とCBRを見るや、大変興奮した様子で話しかけてくださいました。
「厚かましいお願いですが、写真撮らせて頂いていいですか!」と、
快諾するとそれはそれは嬉しそうに私のCBRを観察されておいででした(笑
途中で登場したSR500乗りさんの息子さんは4輪フリークらしいですが、
お父さんは昔GPZ1100にも乗られていたそうで、根っからのバイク好きという感じ。
最近はMotoGPも見るようになったとかで、
私のCBRを「世界一速いバイクだよ!」と若いレディに語っておいででした(笑
「いやいや、RCVとは違いますけれど色だけです(苦笑」と返しておきましたけれど。
程なく整備を終え、叔父の家に戻り軽く休憩したあとは近所の散策。

【 ディアナ号の錨 】
実は一度来てみたかったところでした。
安政の大地震(1854年)の折に沈没したロシア軍艦(フリゲート艦)の錨であり、
昭和51年に至るまで永きに渡り海底に沈んだままであったものです。
安政の大地震と聞くと、
個人的には手塚治虫さんの陽だまりの樹を想起いたしますが、
かの作品でも歴史の転換点のひとつになったのと同様、
このロシア軍艦の沈没もまた近代日本史に大きな変化を与えた事件です。
・・・そういえばこの春からNHKでトレンディ俳優を主役に据えた
陽だまりの樹のドラマをやっているんでしたっけ?・・・いらねー。
万二郎も良庵もあんなに軽薄じゃないですし、おせきさんも下品じゃない。
と、話が逸れましたね。

鎖を近くで観察すると、
海底に沈んでいた頃の腐食痕か、まるで木目のような模様が見て取れました。
この手の遺物を目にし、関連する全ての人や物の事まで思いを馳せるのは
人間としての醍醐味のひとつですね。
のんびり散策をしていると時間は既に昼ごろ。
叔父の家に戻りささやかな昼食を皆で作って頂いたあと、
窓辺でうとうととしていると、あっという間に夕方に近づいていました。
『明日も仕事だし帰るか・・・』

叔父にお礼と別れを告げ【松田から渋滞20km】などと表示されている東名に進みます。
渋滞の直前で東名を降り、国道246号から鶴巻温泉の辺りから南下。
湘南まで出ると新湘南バイパスを通り、横浜新道からアクアラインへと。
トータル【474.3km】ながらあっという間の1泊2日行でしたが、
久しぶりに親戚との再会も果たせたということで、
なにやら充実した週末となりました。
うむ、今度は祖父と祖母の墓参りにもゆかないとですね。
ともあれ富士山周辺はいつ出かけても良いところです♪
また近いうちにツーリングにゆきたいなあ。