いやはや。この10/12-4は連休でしたね。
盆も夏休みもない生活だった私もいよいよ耐えかねて(笑)夏季休暇を取得!この週末まで東北をめぐっておりました。
とはいえ、これ例年夏に行っている親孝行を兼ねてのお出かけ。
自走でゆくにはゆくのですが残念ながらオートバイではなく四輪なのです。
今年は仕事方面がそれどころではなくすっかり遅くなりこの晩夏の時期になりました。
というわけで。細かな話はとても書き切れませんが、心に響いたいくつかを紹介。
そうですね・・・今回もひとまずつらつらとしたスタイルで失礼させていただきましょうか。
導入の往路は千葉から山形は上山市まで直行し、例年お邪魔している大変お気に入りの蔵王のペンションにお伺いしたあとは、
市内のこれまたお洒落でお気に入りの洋食屋さんでランチを楽しみ。
その流れで市内のリナワールドなる少々なつかしい遊園地にゆこうとしたものの雨が降り始めたので、南下するついでに米沢へ。といった感じ。
当blogの影響力のなさはさておき(笑)
お気に入りのペンションは人気になりすぎてご迷惑をおかけしても困りますし、許可もとっておりませんので敢えて細かくは書きませんが、
ひとことで申すならば極めてお人柄のよい素敵なオーナー様ご一家の営まれる暖かい宿。ライダーフレンドリーなのも魅力の場所です。
話はそこから進んで一泊したあと。画像は上山市内の洋食屋さんにてランチの時のもの。
その後は雨を避ける形で街道を南下し米沢へ。

訪れてみたかった上杉神社に到着。
謙信公の旗印といえば毘沙門の『毘』ですが、これはもう一方の『龍』ですね。

境内というか米沢城の本丸の中には数々の史跡が点在しています。
この極めて日本的精神論・・・基、大切な考え方。私は大好きです。
有名な上杉鷹山公のお言葉ですが、飢饉も含めた多くの危難に際し人を育て盛り立てることで事を成した偉人。
結局組織は人ありきですね。ナセルはアラブの大統領なんです。
残念ながらこの時、境内の宝物殿は臨時休館でしたが米沢城お堀ちかくの米沢市上杉博物館へ足を延ばします。

インドカレーが目印。このお店目立ちすぎでしょ。
この時の展示は『特別展 上杉氏と 鷹と馬』だったのですが・・・


そりゃ私もこんな顔になりますよ。まさかの企画展は展示替えで拝見できず。
学がかなり足りないものでこの赤頭の面がなにの場面なのか判りませんが。感情は多分同じでしょう。
ただ、常設展も含め非常に素晴らしい展示の数々で特別展がなくてもとても楽しめました。
なにより大きかったのはかの、『洛中洛外図屏風(上杉本・国宝)』を目の当たりにできたこと。
世に数ある洛中洛外図がどのようなものかは存在自体はみなさん中学校あたりで習ってなんとなくイメージがおありかと思いますゆえ割愛しますが、
織田信長がある種政治的な思惑をもって上杉謙信に贈った、
当初は足利義輝が書かせた狩野永徳の手によるとされる六曲一双のもので、この屏風の私のお勧めはズバリ左隻の4扇の部分。
上杉謙信に上洛を求めたという足利義輝公のこの屏風への思いや、その義輝(公方様)の邸宅近くの輿の貴人が謙信であること、
その上方には遊郭やさらに正月の古式の門松、蹴鞠の宗家だという飛鳥井家(現在の白峯神社)の話が描かれていることなど実に興味深いお話を伺えました。
「いろいろな説がありますけれど」と穏やかに笑っていらした学芸員さんかな・・・の仰せでしたが歴史に思いを馳せるのはとても楽しいことです。
時間が許さず、本丸内の祠堂から移されたという謙信公も眠る米沢藩の御廟所には伺えませんでしたがそれはまた次回に。
いずれにせよ米沢は非常によい土地でした。
そこからは急ぎ足で街道を抜けて南下し喜多方-そして会津若松へ。
会津も実は大好きな土地でして、嘗て鶴ヶ城や栄螺堂、飯盛山の白虎隊記念館など伺ったことがあります。

夜の会津では土地の居酒屋に繰り出してしこたま飲みつつ。
人っ子ひとり歩いていないのに驚きましたが、お店自体は活気のある飲み屋さんでしっかり楽しみました。
翌朝はまだ訪れたことがなかった会津藩は日新館へ。

現代日本の教育の礎といっても過言ではないような非常に先進的だった仕組みの会津藩校ですが、
小学校から大学まで備えた、文武両道であり人としての作法までも行き届いた歴史に大きな影響を与えた存在です。
とはいえ今時分はよくも悪くも多様性の社会。
個々人でいろいろな捉え方はおありかと思いますが、ここは儒学-儒教から来る朱子学の世界。
江戸時代から続く日本人的道徳、美徳の根源はそのあたりにあることは否定できない事実でしょう。
もし私から申す事があるとすれば、仁義禮智信忠考悌敬の九徳を旨とすることは決して間違ったことなどではなく。

こういうことを子供時代に親や祖父母から習いよく考えて育った子供は、
きっと大人になっても正しく生きているのではなかろうかと思うばかりです。

しかし美しい場所だなあ。
素晴らしい情景とともに実際は人の数だけ存在する思想の大きな流れに触れつつ。
文武の『武』の部分も見て回りました。

そんな水練場も今は鯉のみんなが頑張っているようです。
ついエサを買ってしまいましたが、生き様が真剣でとてもかわいいです。
校内の歩みを進めていると。

きましたよこれ!!
20代から著しく肥えた士道不覚悟な私でもできそうな鍛錬があるじゃないですか!
実は若かりし頃、空手・柔道・弓道と嗜んでおりましてね。(※注:争うのに向かない性格でしたのでどれも中途半端)
その中でも弓道だけは毛色が違い、比較的己との戦いの世界でしたのでよく馴染んだ記憶があります。
建物に入ると係のご婦人と部長と呼ばれておいでの落ち着いた男性が対応して下さり、
「いやぁ。30年ぶりなのでなんとも・・・」とお伝えしたうえで和弓をお借りして5射させていただきました。
聞くと、一般のお客さんには矢のガイド金具付きの、軽く女性でも簡単に引ける寸詰めの弓を貸し出されているそうですが、
30年ぶりでも経験者ならば並寸で比較的強い弓を貸していただけるとのことでありがたい限りです。
(とはいえ体感では引く力は12kgぐらいかな?軽いことは軽い弓でしたが矢を飛ばすには足ります)
当然作法はガチャガチャですし、今や腹を気にしてひっこめたら顔が出る(ついでに眼鏡も飛ぶ)始末ではありますが、
射法八節が五節ぐらいになりながら(笑)、先端ゴムの塊が取り付けられている鏑矢のようなものをなんとか五射。
コロナ禍で弽が使いまわせなくなったということで貸出がなく素手ながらも、
比較的ちゃんと飛んで的の1cm上まで寄せら褒めて頂きました。皆さん優しい!
経験者ということもあってご婦人のご厚意で隣接する本式の12人立の近的場も見せて頂きましたが、
眼前に磐梯山を臨む最高のロケーションで今でも県大会や学生の合宿などで使用されているそうです。
しかし弓道は実に清々しいですね。ただ、狭い世界ですので近隣の協会の門戸が開いている様子もまるでなく。この先もやらず仕舞いかなあ。
弓道でひと汗かいた後は再び『学』の施設へ。
現在の建物は戊辰戦争で消失したものを昭和62年に復元したものとのことですが、
唯一、かつての施設のまま残っているとの 『天文台』 に登ってみました。

蜻蛉さんが灯篭型の外灯にとまっていました。
まだまだ暑いものの、福島には千葉よりも一足早く秋がやってきているようです。
会津も満喫したらば再び街道を南下。白河から日立へ入り今宵の宿へ。

海も近いこともあってか魚介も実に美味。
おいしさのあまり、雲丹入りのにぎり鮨も2回も注文してしまいました。
深酒もそこそこに2時間ほど呑みすっきりと翌朝起床。
宿を後にしたらば太平洋沿いを東海村-鹿島方面へ。

極めて高名な 『鹿島神宮』 にやって参りました。
ここも楼門が修復中だったりといろいろと残念な部分はあったのですが、
なにより秋の連休の中日ということで 人・人・人 の波。第三まである公営駐車場もご覧の大渋滞。
拝殿への賽銭待ちの行列は優に100mを超え、社務所や奥宮もご同様ですごいことになっていました。
そういえばその列の横を、さながら高速の路肩走行のように追い越して割り込んだ家族が何組かいたなあ。
ここは神域ですから彼らの行いは当然すべて神様が見ています。その状況でカネだけ投げてカッコだけ祈ったところでなんの意味があろうか。
それ以前に子供の前で大人が、親がやることではないですよね。これもまた時代だなあ。

気を取り直して進むと参道もこの感じ。
流石は日本の有名な神宮というと必ず名前が挙がるほどの鹿島神宮です。
東国でいえば『鹿島神宮・香取神宮・息栖神社』が非常に高名で、江戸時代などはかのお伊勢さんとセットで詣でていた歴史もあるようです。

鹿島神宮といえば御祭神は『武甕槌大神(タケミカヅチ)』武道の神様です。
踏んでいるのは大地震を起こす鯰。この石碑の奥には要石が祀られていました。

奥宮についてはかの徳川家康の奉納だとかで、
それは私の第二の地元である静岡は富士宮の富士山本宮浅間大社の複数の社殿と同じです。
いずれにせよ連綿と続く歴史の深さと、徳川の影響力の強さを感じずにはいられませんね。
そういえばもう一つ有名なのが鹿島神宮は犬の立ち入り厳禁ということ。
時代なりに盲導犬などは特例で認められたようですが、理由は神使である鹿を守るため。

この鹿さん、猛烈にかわいらしい声で鳴いておいででした。さすが神様の使いです。
そんなこんなで今回の旅も終わりつつあります。
鹿島神宮からは一般道と圏央道を通り千葉市周辺の渋滞を回避し家路へ。

この旅の走行距離は最終的に『971.1km』でした。
昨年の大間ゆきに比べると然程でもありませんが、下道も多く3泊4日の短い日程ながらしっかりと走りました。
要所要所の宿の予約以外はいつも通りできる限り計画性を持たず相談しながらの旅でしたが、
図らずも歴史や文化、自然とよく触れることができた晩夏の素敵な旅行でした。
東北はどこもよいところですので、もしまだお出でではない皆様もぜひ訪れてみてくださいませ♪
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