鮫島礼子「占いの館」

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占い師が語る 神社仏閣&臨死・あの世

2018年01月17日 10時25分34秒 | 占い著書(主に自書)


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『占い師が語る 神社仏閣&臨死・あの世』

あの世の入り口から戻った危篤の母、納骨堂から憑いてきたモノ、遺品整理をする孫を襲う黒い塊、午前2時の神社で会った女、
弔電をチェック、自殺した彼は……。占い師が聞いた体験した心霊体験。みえない世界からのメッセージをあなたにお届けします。



(内容を一部掲載)

◇「あの世」の手前

「昨日の夜に行って来たんだ」
「どこに?」
「あっちさ。あの世を見てきたんだ」


 ちょっと得意げな母の声はいつもよりも張りが感じられた。それは母が亡くなる2週間ほど前の話だった。
 すでに何度も心拍数が落ちた酸素マスクを一時的に使用していた。
 唯一見えていた片側のまぶたも閉じてしまい二度ともちあがることはない状態だった。

 全身に癌がまわり緩和ケア病棟に移ってからは、基本的には痛み止めと熱が上がった際の抗生物質投与ていどしか受けていなかった。
 緩和ケアというのは「癌の治療はしない」というのが入所条件なのだ。


「お母さん。あの世ってもしかして死後の世界ってこと? 天国とかそういう」
「そうだよ。ふふふふ」


 嬉しそうに弾む声も小さくて傍に寄り添っていないと聞き取れない。癌が広がっているためすでに両目は閉じたまま。声も吐いている息の量が多くか細いものだった。
 母はもうだいぶ前から私以外の人間に対してはほぼ反応していなかった。

 朝と昼、夕方に看護師さんが名前を呼ぶと調子が良い時は返事をするものの、
 数値が下がっている時と機嫌が悪い場合は何も言わないし、担当医師にはどちらかというと常に無反応だった。


「でもどうやってあの世に行ったの?」
「歩いてに決まっているでしょう。お金ないんだから」


 どうやらお金を持っていればタクシーに乗っているのに、というような意味らしい。


「遠かったでしょう」
「そりゃーそうさ。暗くて灯り1つない道を歩いてたんだ。お腹がペコペコで大変だった。
 そしたら途中で金色のピッカピカに輝くオープンカーがはしってきて運転席にあのホラ、礼子がくれたネックレスの神様が乗ってたの」
「私があげた神様?」


 何のことを言っているのかすぐには思いつかなかった。旅先で神様関係のお土産を手に入れて母親に渡したものはいくつもある。
 長寿箸、金運のブタのオブジェ、香港の御守り、インドネシアの神様カード、それからそれから……。


「もしかして中国の、上海で買った関羽様のペンダントヘッド? けっこう怖い顔の男の人?」
「そうそう」


 母親はそのペンダントヘッドを見た時に怖いと言っていたが、
 出かける時に身に着けていることが多々あった。何でもそのネックレスをすると金運が増すと言っていたのを思い出した。


「えー、関羽様が運転してたの?」
「助手席に乗りなさいって喋らないけど手招きされて。真っ暗な道をもの凄いスピードで走り抜けてお城みたい場所に連れていかれたの」

「へぇー、すごい。そこって日本だった? やっぱり中国ぽかったの」
「中国か韓国だわ。うん。古い灰色のレンガが積み重なったお城の前で車を降りて、ほら私は足が短いからさ、必死で神様について歩いていくわけ」

「お城の中はどうだった」
「そうねぇ、神社とお寺と食堂みたいに食べ物がいっぱいある場所と、ピンクや紫、真っ赤な蓮の花が咲いている大きな池があったわ」

「へぇー、かなり広い場所だったの」
「うん。中国人もフランス人も色んな国の大人が沢山いて、巨大なエレベーターで移動するの。
 それが上下だけじゃなくて左右とか空中を飛んでるみたいで、その様子を見ていたのさ」

「なんだか大掛かりな天国だね」
「いや、そこは天国と地獄の手前で、振り分けられるんだと思う。だってせっかく私もエレベーターに乗り込もうとしたのに何度も追い出されたもん。
 皆お喋りしているけど何を言っているか全然わかんないんだわ。話し声はするのに内容が聞き取れないの」


 母の鼻息は荒く、とても興奮しているようだった。


「だから仕方がなく、お庭に出てみたら綺麗な蓮の花をみつけたの。傍に座って持って帰ろうとして手を伸ばしたら落ちちゃって」
「それでどうなったの」

「そしたらあなたが病室に来たから戻って来たのさ」
「どうやって?」

「うーん。わかんない」
「そっか。ありがとうね。戻って来てくれて」


 その朝、私は何となく嫌な予感がした。いつもなら朝の6時頃に顔を出すのだが、早いよなぁ~と思いつつ5時すぎに病室を訪れたのだった。
 本当に母は、いつ亡くなってもおかしくない状態で、病院の担当医から「最後の危篤宣告」みたいなものをもう何度も説明されていた。けれども何度も持ち直していたのだ。


「でももう、そろそろだね」
「何が」
「お迎えさ」


 母はそう言って再び眠りにつく。
 他の親族のようにできればずっと……とは願わない。けれども年内は這ってでも母の付き添いをしようと決心していた私だった。
 もちろん、母にはもう余力や体力などはなく「神様のオマケの力」で生かされているような状態だった。

 母が体験した「あの世の手前」の場所は、ちょっと他の人からは聞いたことがないような場所のようだったが、
 私もいつかその場所を訪れる時が来るのだろうか。





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