アジア夢紀行

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花の色はうつりにけりな

2017-11-19 09:10:08 | タイ語

9月22日に始めたタイ語、まったく進んでいません。中国語や韓国語と比べると意欲のカケラも見られません。他に何にもやることがなく、タイ語しかやるものがない状態にでもならない限り、難しいのかもしれません。外国語は今のところ中国語がメインです。

なにか外国語を始めるとき『憧れ』に似た感情があったと思ったけれど、タイ語の場合それがない。しかし中国語や韓国語でも最初のコンタクトから本格的に勉強し始めるまでは時間がかかった。中国語は23歳ぐらいのときに初めてテキストを買ったけれど夜間の中国語学院に通い出したのは29歳(半年くらい通学)だったと思う。本格的に勉強し始めたのは2008年、56歳の時でした。韓国語は最初のテキスト『基礎朝鮮語』(大学書林)を買ったのが23歳の時だった。そのテキストはパラパラと見るだけで、ほとんど勉強しなかった。NHKのテキストをときどき買ったりもしたが、本当に勉強しだしたのは2012年、60歳の時だった。

30歳から60歳というのはなかなか勉強しにくい時期です。結婚して子育てして荒波にもまれてと大変です。僕も大変な時期を過ごしてきました。よく生き残れたなと思っています。失敗もし、トラブルにも巻き込まれましたが自殺もせず、家を捨て故郷を棄てて浮浪者にもならず、数度の転職はしましたが会社員で退職出来ました。これはこれで大変でした。『サラリーマンは気楽な稼業ときたもんだ』ではなかったです。転職をする度に収入が減り、待遇が悪くなり、ストレスが増えました。(笑)

優良企業に勤めている人は分からないかもしれませんが、日本の中小零細企業の内情は『三国志』です。権謀術数が渦巻く『生きるか死ぬかの』戦場です。『Samさん、大袈裟だな』と思う人は、優良企業に勤めている人です。僕のようにブラック企業ばかりを渡り歩いてきた人間にとっては毎日が地雷原を歩くようなものでした。そこら中に危険が潜んでいました。自尊心を棄てて太鼓持ちになり生き残らなければならない状況もあるのです。自尊心を棄てるぐらいなら死を選ぶ人もいるかもしれません。本当に死んだ人はその時、鬱状態になっていたかもしれません。死ぬより逃げた方がいいと判断できなくなっていたんです。会社員生活は命を懸けた戦いです。鬱の状態に追い込まれ、さらに答えを求められるのですから、本当に命を懸けた戦いなのです。捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ隅田川。来年も君の笑顔が見たかった。

でも僕の勤めてきた会社、サービス残業はないし、少ないけれどボーナスは出るし、殴られたことはありません。『ブラック企業』と思っているのは僕だけで『グレー企業』ぐらいだったかもしれません。しかし『よくぞ、ここまで』(『七人の侍』の島田勘兵衛風に)と言ってほしいです。まあ『日本三国志』も、あれはあれで面白かった。まさに命を懸けたゲームだったわけですが、どこか楽しんでいたフシもある。

 

話が少しずれてきています。タイ語の話をしていたんでしたね。こんな風に外国語に関心を持ちはじめてテキストを買い、本格的に勉強をし始めるまで数年から数十年の時間がかかりました。タイ語もそれくらい時間はかかるものだと気楽な気持ちで、いきたいものです。でも30年後といったら、お釈迦様か閻魔様のところで勉強しているかもしれません。(笑)

 

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