理想国家日本の条件 自立国家日本 日本の誇りを取り戻そう! 桜 咲久也

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情報と日記です(^▽^)/

「それって、”日蓮教”ですよね。」 幸福の科学高知 なかまのぶろぐ ばくちゃんより

2019年03月22日 00時00分00秒 | お友達ブログ.SNS.土佐のくじらさん他

幸福の科学高知 なかまのぶろぐ ばくちゃんより

ご了解いただいて転載、させていただいた記事です

https://blog.goo.ne.jp/rokochifukyosho/e/60c80e4e27b73e1ee184f98d77070946

「それって、”日蓮教”ですよね。」

前回記事から、私の生涯反省の意味を込めて、私の21歳のころからの、日本最大の宗教団体S会との関わりについて、

語らせていただいております。

非公開がご希望なのでオープンにできませんけれども、早速多くの方からコメントをいただいておりまして、この場をお借りして感謝御礼申し上げます。

そう、実は、私が幸福の科学に入ったきっかけは、S会さんとの出会いからなんです。これは直接的な幸福の科学の布教にはならないのですが、「何らかの伝道のきっかけになれば・・・」という、自身の心の疼きに従います。

で、私の若かりし頃の、S会の地区会でのバトル話の続きです。まだ前作をお読みでいない方は、ぜひ読んでくださいね。

しかしまあ、なんとも怖いもの知らずですね。(笑)
今思い出しながら、ヒヤ汗流しております。(爆笑)

「よくあんなことが言えたなぁ~。」と、今更ながら思いますね。
そりゃあ、普通怒りますよー。あんなこと言われたら・・・。

「あんなこと」というのは、「Sさん(S会の地区長)の話を伺って、僕に言えることは、S会は、今以上広がるべきでないし、未来に残すべき宗教でもないと確信しました。」という言葉です。
S会の方は、意外に我慢強いのかも知れませんね。

その時の様子を振り返ると、地区会にいた皆一同、瞳孔は開き、口も開き、この若僧(ばく)が言った言葉が、あまりにも予想外なのでビックリした・・・。
そんな感じでしたね。(笑)

まず、当時の私は仏教用語を全く知らなかったので、仏教用語連発のSさんに、実際は何度も聞き返しておりますが、そのまま文章にすると、何がなんだかわからなくなりますし、文字数がいくらあっても足りませんので、読みやすいレベルにまで、すっきりさせていただきます。

では、お待たせしました。

「ばくの幸福の科学への道 リアルドキュメント編(笑)」の続きをば・・・。

関連画像

Sさん 

「ん?ばくちゃん、何?今なんて言った?」

ばく

「ですからぁ、S会の教えがこれ以上広がってもいけないし、これから先、残ってもいけないと言いました。」

Sさん

「でもね、ばくちゃん、正法(正しい教え)は、広がらなきゃーあかんのよ。」

ばく

「正法・・・? その証拠はあるのですか?」

Sさん

「正しい仏法には、理証・文証・現証が伴うんや。」「理証(りしょう)は、つじつまが合っていること。

文証(もんしょう)というのは、文章で書いたものがあること。現証(げんしょう)ちゅうのは、良い結果が現れることやな。」 
「日蓮大聖人の教えは、この三証が揃ってるんや!!」

ここで三証について、Sさんは、詳しく私に教えてくださいました。
そう、Sさんは親切で、とてもいい人なんです。

今から思うと、可愛そうなことをしましたね~。
あっ、ネタばれしちゃう。内緒内緒・・・エヘヘ。(^^)

つづきです。

ばく

「だったら、キリスト教も正法ですね。」

「最後の審判 高画質」の画像検索結果
  
Sさん 

「なんでや~!あんなインチキ宗教!」

ばく

「でも聖書という経典がありますし、筋道通った理屈もあります。それに奇跡も、一杯起きていますよ。」
「イエス・キリストの人生は、奇跡の連続でした。」「ユダヤ教の開祖モーセは、紅海を割りましたしね。」
「日蓮大聖人さまは、海を割りましたか?」「イエス・キリストのように、死人を蘇らせていますか?」
「キリスト教は、ぜ~んぜん、インチキなんかじゃありませんよ。」

「それにね、宇宙の始まり、ビッグバン説は、聖書の創世記が元になっていますけど、Sさんは、

ビッグバン説がインチキだとおっしゃるのですか?」「それとも、いや、本当はこうなんじゃ!っていう、S会の見解でもあるのですか?」
「正しい宗教の証拠が、理証・文証・現証の三証ならば、キリスト教を批判する際には、経典である聖書の内容を、三証でもって批判することこそが筋道でしょう?」
「Sさんは、言っていることと、言っていることが違っています。」「ところで、Sさんは聖書は読んでいますよね?」

Sさん

「読むわけないでしょう~。あんな邪教の経典なんか!」

ばく

「え”っ!! これは聞き捨てならないですね~。Sさん、聖書も読まずに、キリスト教を批判なさっていたんですか?」
「Sさんは、読まずに内容を理解できる、超能力なんかをお持ちなのですか?」

Sさん

「超能力?僕はそんなものはありませんし、必要もありません。」
「でもね、ばくちゃんね。間違いを破邪することで、正しさは現れるんよ。これを、破邪顕正(はじゃけんしょう)と言う。僕らは、これをやっているんやぁ!」


ばく

「Sさん、お言葉ですけれどもね、正しいものはね、それはね、どこから見ても、誰が見ても、いつ見ても正しいんですよ。」「そりゃ、一時的に誤解されることは、あるかも知れませんよ。ガリレオの地動説みたいにね。」

「ただ正しいことなら、いずれは証明されるんですよ。他を批判しなけりゃ証明できない正しさなんて、大した正しさじゃないです。」

Sさん

「なんだとぉ!もう一度言ってみろ!」
「ガリレオもビッグバンも、どっちも科学の世界やないか!僕たちは、宗教の正しさを言っているんや!」

ばく

「何度でも言いますよ。」
「それはね、相対的な正しさ・・・と言うんだよ。」
「そっちよりも、こっちの方が、少し正解に近い・・・って感じですかね。」

「絶対的な正しさはね、他の者を批判する必要なんてないんだ。」
「見りゃ、わかるんよ。誰でもね。」

「それは、宗教だろうと科学であろうと、推理小説であろうと同じなんですよ。」
「これを、”真理”と呼ぶんです。」

「一言で言えば、Sさんは、正しさを追求する姿勢が甘いです。」
「甘い甘い!!チャンチャラ甘いね!!」


ああ、こんなこと言っちゃって、本当に当時の私、大丈夫だったんでしょうかね。(^^;

当時弱冠21歳の若輩者が言うのは、大変申し訳なかったのですけど、つい(笑)、ホントについ、口走ってしまいました。 (^^;

そのS地区長さんの反論からです。

Sさん

「君だって、S会のことを、何も知らないのに批判しているじゃないか!」

ばく

「僕は、S会を批判しているんじゃありません。Sさん、あなたの他宗教批判の、その姿勢を批判しています。」
「S会の事は、僕は全然知りませんから、批判しようがありませんから、この状況で、S会の批判をすれば、僕はあなたと同じです。」

「あなたは、聖書を読んでいないのに、キリスト教らを批判しましたね。」
「これが、自らを正しいと言った、S会にとっては問題だ!と言ったのです。」
   
「それとも、S会の教えは、他宗教批判しかないとでも言うのですか?」
「だったら、話は違ってきますけどー。」

Sさん

「もちろん、そんなことはありません。では・・・」

と言って、SさんはS会の教義の説明をし始めました。
結構な長時間、彼は論説を述べていましたが、私はずっとそれを聞いていました。

そして気になった部分を、Sさんに訊ねました。

ばく

「S会は・・・、仏教・・・ですよね・・・?」

Sさん

「はい、仏教ですよ。これが、本当の仏法です。」

ばく

「でも日蓮大聖人様は、お釈迦様より、偉いんでしょ?」

Sさん

「そうです。日蓮大聖人こそ、末法に現れた本仏です。」

ばく

「日蓮様は、お釈迦様の経典の中から、法華経のみが正しいとおっしゃった・・・のですよね?」

Sさん

「そうです。」

ばく

「たとえば・・・数多い、ナショナル(現パナソニック)の製品の中から、このテレビこそが、創始者松下幸之助さんが作りたかった理想のテレビだ!という感じですか?」

Sさん

「あーはははは、ばくちゃんは、面白いこと言うねぇ。ハハハ。まあ、そんな感じやな。」

ばく

「でもそれじゃあ、日蓮大聖人は、お釈迦様の教えの体現者・・・であるけれども、お釈迦様より偉い・・・ということにはなりませんけどー???」

Sさん

「違うんです、違うんです。」
「末法の世は、正しい見解がうせて、そのように誤解されるんよー。」

ばく

「イエね、僕は日蓮様がお釈迦様より偉くても、別にいいんですよ。」
「それが事実ならばね。でも・・・、」

「だったら皆さん方、 日蓮教” じゃないといけないですよ。」

Sさん

「え”っ、そっ、そんなことは、できませんよー!」

ばく

「いや、そうじゃないと、筋が通らないんですよ。」

「モーゼ 海」の画像検索結果

ばく
「また聖書のことで、誠に申し訳ないんですけど・・・。僕は今の所、聖書しか知識がないから、皆さんゴメンネ。」

「3000年前の今のエジプトで、十戒で有名なモ-ゼに、神様が啓示を降ろしました。これが旧約聖書の始まりで、そこからユダヤ教ができていますね。」

「そして2000年前の今のイスラエルで、イエス・キリストがね、これは新しい福音じゃ!って言ってね、古い教えを超えたということで、新約聖書ができてました。」
「これが、キリスト教ね。」

「そして、ユダヤ教・キリスト教を土台に、更にそれを超えた・・・ということで、1500年前のアラビアで、マホメットが作ったのがイスラム教です。」
「経典は、旧約聖書と新約聖書に、コーランが追加されました。」

「つまり、越えた・・・ということはぁ、もう新しい教えですから、S会の皆さん、仏教・・・という枠組みに入ってたら、いけないんですよー。」

「たとえば・・・、ナショナルの販売店でね、自分たちでテレビ作ってたとしてね、これはナショナルの製品より優れています!って言えばね、その時点もう、ナショナルの看板を、掲げている訳にはいかんでしょう?」

「皆さん、今からでも遅くありません。S会を ”日蓮教” にしてしまいましょう!」

Sさん

「ばくちゃん、それは破和合僧(はわごうそう)の罪といって、絶対にやっちゃいかんのやで。」
「重罪として、阿鼻叫喚地獄(あびきょうかんじごく)に行くんやで。」

ばく

「Sさん!何を言っているんですか!!お釈迦様より、日蓮大聖人は偉いんでしょう?」
「そう信じているなら、Sさん、地獄に行くことを恐れてちゃいけません!」

「でないと、なんだかすっきりしなくて、そう・・・・、な~んだかなぁ・・・、日蓮さんが乗っ取り屋みたいで、ヤな感じなんですけどーぉ。」

今日はここまで。まだまだ続きますよ~~~!!(笑)

ということで本日は、大川隆法総裁経典『大悟の法』(幸福の科学出版)より、仏陀の説いた仏教と、鎌倉仏教の大きな大きな違いが分かる一節をご紹介いたします。

      (ばく)



続編↓

 「平和」と、「戦争の合間」は、ぜんぜん違いますから。 https://blog.goo.ne.jp/rokochifukyosho/e/63ab24bc25156d33275a509ec6b31dd0


 

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