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大和心を語るねずさんのひとりごと 血や死や女性の穢れなどという概念は日本にはもともとなかったもの

2018年04月13日 00時19分45秒 | 保守系お友達ブログ ねずさんのひとりごとさん、

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大和心を語るねずさんのひとりごとさんより

血や死や女性の穢れなどという概念は日本にはもともとなかったもの

 

20180410 禊
(画像はクリックすると、お借りした当該画像の元ページに飛ぶようにしています。
画像は単なるイメージで本編とは関係のないものです。)



今日の記事は、先日の「相撲(すもう)の土俵と女性について」の続編です。
女性が穢れているという思想などそもそも日本にはないものだし、女人禁制も穢れとは全然違う意味によるものです。
加えて血や死の穢れなどという思想も概念も、そもそも日本にはありません。

1 女性の穢れについて

我が国に女性を穢れとする思想や概念はあったとするなら、
 どうして過去に女相撲のように女性が土俵にあがる相撲が存在したのでしょう
 
どうして神社に女性の宮司がいるのでしょう。
 どうして神聖な御神酒が古代には女性によって造られたのでしょう。
 どうして天の声を聞いたり、天に声を届ける猿女君や白拍子は女性だったのでしょう。
 どうして静御前は時代を通じて人々の敬愛を受け続けているのでしょう。
 どうしてひな祭りの祭壇は、男雛と女雛が並んで着座し、二段目以降でも三人官女が男子の五人囃子や左右大臣らよりも上位にあるのでしょう。
 どうして我が国には8人10代の女性の天皇が存在したのでしょう。
 どうして我が国の最高神は天照大御神なのでしょう。

それらについて「女性が穢れている」ということとの合理的な説明がつかない限り、日本に「女性が穢れている」という思想や概念があったとする主張は間違っていることになります。

女性が穢れているとする思想や概念は、もともと日本にあったものではありません。
これはお隣の半島や、その向こうの大陸の考えであって、我が国のものではありません。

2 女人禁制について

相撲の土俵に限らず、修行僧が登る山などにも女人禁制とされている場所はあります。
しかしそれらは、力士が神事を行うに際して、修行僧が厳しい修行をするに際して、あるいはマタギが山に入るに際して、色香にうつつを抜かしたり、女性たちへの安全への配慮等から生まれたものです。
女人を穢れとするものではありません。

力士の相撲がなぜ神事なのかというのは、これはまったくわかりやすいことで、力士は地中にある「四股(醜)」を踏む存在だからです。
豊穣を祈り、また天然の災害を防ぐために、土中の醜(しこ)を踏みつけて追い払うのです。
だから力士は盛大に天高く足を上げて、四股(醜)を踏むし、地元の人はそれに「よいしょ〜」と掛け声を合わせます。

四股=醜(しこ)の意味がわかれば、その大事な神事を行なうに際して、力士が女性に色目を使うようでは困るということが背景になったことは、容易に理解できることです。
逆に女相撲の場合は、土俵は男子禁制になります。

寺社の修行僧が、修行をする山を女人禁制にしたのも同じ理由です。
厳しい修行をして神通力を身に着けようとする修行僧が、女性との恋愛だの失恋だのと迷いはじめたら、肝心の修行がおろそかになってしまいます。
だから山そのものを女人禁制にしたのです。

マタギが山に入るときに、狩りをする山を女人禁制にしたのは、山がそれだけ危険なところだからです。
子を産み育てる大事な女性が、山で熊や猪に襲われて怪我でもしたらどうするのか。
だから女人禁制にしたのであって、山が女性神だからではありません。
そもそも我が国の山の神は、もともとが大山祇神(大山津見神)と決まっています。
大山祇神(大山津見神)は、誰がどう見ても男性神です。

漁師たちが海に女たちを入れなかったのも同じ理由です。
我が国では、海の神も男性神です。

3 血の穢れについて

女性の月のものを穢れとする概念も日本にはありません。
この点について「血が穢れとされた」などと説明している人もいるようですが、我が国に血を穢れとする思想や概念はありません。
むしろ血は、傷口を塞ぐ大切な役割をするものです。

古事記では、イザナキ大神が火之迦具土の血から、石拆神(いはさくのかみ)、根拆神(ねさくのかみ)、石筒之男神(いはつつのをのかみ)甕速日神(みかはやひのかみ)、樋速日神(ひはやひのかみ)、建御雷之男神(たけみかづちのをのかみ)、闇淤加美神(くらおみかみのかみ)、闇御津羽神(くらみつはのかみ)を生んでいます。
穢れどころか、血から神々が生まれています。
なかでも建御雷神は、大国主神の国譲りに際して重要な役割を果たした武神として有名です。

だいたい身体から血が流れ出してしまったら人は死んでしまうのです。
ですから血は、人が生きるのに大切なものです。

戦いや事件などで、多くの血が流された悲惨な場所には社が建てられたりもしましたが、それは鎮魂のためであって、血の穢ではありません。

さらにいうなら、女子に初潮があれば赤飯を炊いてお祝いしてきたのが日本です。
女性の月のものが穢れというなら、そんなお祝いはありえません。


5 死の穢れについて

死の穢れという概念も、もともと日本にあったものではなく、これまた輸入されたものです。
そもそも古代においては、死は御魂が神に近づくための通り道であって、穢れなどとは考えられていません。
「人は死なない」というのがもともとの日本の思考です。
なるほど死によって肉体は滅びますが、魂は永遠です。

ですから我が国の神々は、私達の遠い祖先でもあります。
その祖先は、かつては肉体を持っていたのです。
もし死が穢れというのなら、神々は穢れた存在なのでしょうか。
そんな馬鹿げた発想は日本にはありません。

なるほど室町時代など、我が国においても死が穢れとされた時代はありました。
黄泉の国からイザナキ大神がお帰りになられたときに、穢れを祓われた。
だから死は穢れだという理由付けがなされました。
しかしこれは、室町幕府が日本国王として日明貿易を行なうようになった結果であって、黄泉の国の意味が意図的に履き違えて宣伝されたことによります。

なぜそのように言えるかといえば、それ以前の遣隋使、遣唐使の時代(7〜9世紀)、日宋貿易(10世紀から13世紀)の時代には、そのような思想は入ってきていません。
理由は簡単で、遣隋使、遣唐使、平家の行った日宋貿易はChinaとの交易であって、半島は危険な場所、忌避すべき場所として避けられてきたからです。

「そんなことはない」というなら、どうして成功率50%の危険な航海をしていたのでしょうか。
Chinaへの航海がそんなに危険なら、半島を歩いて行けば良いのです。
それができなかったのは、それらの時代に半島を歩くことは、海で遭難するよりもはるかに危険なことだったからです。

ところが日明貿易の時代には、半島も交易に参加するようになりました。
半島では、女性も血も穢れとされます。
だから月のものの女性を生理小屋に閉じ込めたし、小屋にいない女性は強姦の対象でした。
女性は穢れだから男が何をしても良いとされてきたのです。

そもそも半島の国王は、いわば強盗団の首長です。
そのような人物が国王を名乗り、その国王の椅子をめぐって骨肉相食む酷い争いが続けられていました。
庶民生活などまったく顧みられることがありません。
その結果、庶民の生活は糞尿にまみれ、まるで肥溜めのような黄色い泉の中で暮らすという酷い状態となっていました。
だから古代においては、同じ半島でも倭国の領域となっていたエリア以外は、黄色い泉の国と呼ばれていましたし、白村江の戦い以降は、半島そのものが黄色い泉の恐ろしい国とされてきたのです。

ところがその半島と、足利政権が交易をするようになると、半島が黄色い泉の国では都合が悪い。
そこで黄泉の国は死者の国とされ、死そのものが穢れているとされるようになったのです。

こうなると酷いもので、室町時代の貴族の日記などを読むと、幼い頃から世話になった大好きな乳母(うば)が老衰で死が間近になったとき、死の穢を家に入れないために、身体の弱ったその乳母を門前に放り出すなどという野蛮なことが行われて、とても悲しかったなどと書かれています。

それはとんでもないことだということで、戦国時代後期には反省が生まれ、江戸時代に鎖国がされるようになると、もともとの日本の習慣に戻って、死は御魂が天へと旅立つ神聖な通過点と考えられるようになっていったのです。

死の穢れという思想は、こうして時代ごとに変遷していますが、根底において、我が国には死を穢れとする思想も概念もないから、ときにどこかの民族の影響を受けてそのような思考に陥ることがあっても、しばらく経てばそのような思想は消し飛んでしまってきたのです。

もうひとつ加えると、前年に死者が出た家の人は初詣を遠慮し、お参りの際も鳥居をくぐらずに鳥居の脇を通るという作法がありますが、これもまた死者の腐ちていく肉体からの病気を心配した配慮であって、自ら遠慮をするものであって、死そのものを穢れとしたものではありません。
穢れとは、クニやムラといった人々の共同体に異常をもたらす忌まわしいこと全般を言います。
たとえば猛威をふるう伝染病などは、わけもわからないまま突然、人々が苦しみだして死んでいくわけです。
それは古代の人々にとっては、なにかおそろしく忌まわしいものがやってきたとしか考えられないことであったのです。
それが穢れと呼ばれるものです。


6 結語

いまの時代なら黄砂や花粉やPM2.5被害などはアレルギーと言われますが、昔ならそれらは穢れです。
民◯党政権時代に鬼怒川の河川敷に太陽光発電施設が建設され、堤防が弱められて大洪水が起きたことなども、まさに穢れです。

昔は、環境が不衛生になると伝染病が流行りだすことは経験則的に知られていました。
どこの国とは言いませんが、不衛生な環境に暮らす人々のことを穢れとして忌み嫌ったのは当然のことといえます。

穢れは、水で清めて祓うということを禊(みそぎ)といいます。
水で祓い清めて穢れを削ぎ落とすから「み・そぎ」なのです。
参拝の前に手を洗うことも禊ですし、大昔は神聖な神社に参拝する人は、必ず先に水浴びをして身体を清めてからでなければ境内に入ることを赦されませんでした。
どれだけおそろしい伝染病を忌避するために、私達の祖先が清潔を求めたかということです。

後に仏教の渡来によって、縄文以来の伝統食であった肉食も穢れとされるようになり、肉を扱う職業集団等を穢れの多い人たちという意味で穢多(えた)とか「四つ(よつ)」と呼ぶようになりましたが、それらは日本古来の神道上の穢れとは、意味の違うものです。

なお付言すると、食というのは、自然にあるものを肉体を保持するために体内に摂り入れることです。
もともと昔の人は地元で採れた米や野菜などを食べていましたから、地元の食材で、その身体ができているのだと考えられていたわけです。
(現代人は外国の食材を食べますから、どこの食材で身体ができているのかわからなくなりました)

肉食は動物の肉体を体内に入れることになりますが、動物食は魂の浄化の妨げになるからと、縄文中期以降は、菜食中心の食事に変わって行ったともいわれています。
これもまた穢れとは意味の異なるものです。

昨今、相撲界のトラブルから、女人禁制はケシカランという論調から強引に女系天皇容認説に結びつけようという不埒なヤカラがいます。
我が国における女人禁制は、どこまでも修行者の修行のさまたげを防いだり、たいせつな女性を護ろうとする意思から生まれたものです。
逆にいえば、女人禁制はケシカランという主張は、根本において人が修行することを妨げたり、あるいは女性を軽視する半島思想からきています。
軽視するから女系天皇を認めろという主張は、いかにも半島らしい論理が完全に破綻した屁理屈です。

以上簡単ですが、穢れについての誤解がすこしでも解ければ幸いに思います。

お読みいただき、ありがとうございました。



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<(_ _*)> 

転載、させていただいた記事です


相撲(すもう)の土俵と女性について  大和心を語るねずさんのひとりごとさんより


 


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