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蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

喜べ、幸いなる魂よ

2022年06月18日 | 本の感想
喜べ、幸いなる魂よ(佐藤亜紀 KADOKAWA)

18世紀中後半のフランドル地方を舞台に、亜麻糸商のファンデール家の娘ヤネケと同家の養子格のヤンの生涯にわたる恋物語を描く。

当時のフランドルは製糸や紡績で富裕な地域だったが、オーストリアの支配はゆるやかで、大きな戦乱もなかったそうだ。そのせいかベギン会という緩め?の修道院みたいな組織で未婚の女性達が集団生活を送っていたという。
ヤネケは数学の天才で、天文や経済を数学的に説明する論文を次々に著して、家族の男の名前で発表していた。ヤネケがベギン会で暮らすのは学問に専念するためで、ベギン会を抜けていっしょに暮らそうというヤンの度重なる依頼を断り続ける。

著者の物語は、あまり事細かに説明をしないので序盤は晦渋な感じがして読みにくいのだが、そこを超えると終盤にクライマックスが待っていて、大きな感動が生まれる、というパターンが多いのだが、本作は(巻末の著者自身による簡単な解説を先に読んだせいかもしれないが)最初から読みやすくて、ヤネケのクールなキャラもよかったのだが、最後はちょっと尻すぼみ気味かな?
まあ、そういうのがなくても、毎度のことながら「読書の喜びってこういうことだな」と思わせてくれるような内容ではあったが。

砦番仁義

2022年06月18日 | 本の感想
砦番仁義(井原忠政 双葉文庫)

長篠合戦の後、遠江における徳川と武田の攻防を描く。足軽大将にまで出世した植田茂兵衛は最前線の高根城の守りを任される。徳川家中では、家康の子:信康を中心とした岡崎派と精鋭部隊を集めた家康派の対立が深まったいた・・・という話。

シリーズ名は「三河雑兵心得」なのだが、茂兵衛ははや足軽大将(今の企業でいうと執行役くらい?)まで出世してしまった。多分最初は下っ端の兵としての悲哀を描くはずだったと思うのだが、シリーズの人気が出てきて、課長として始まった島耕作が社長にまで上り詰めてしまったように茂兵衛の出世もインフレになってしまったのだろう。

そうはいっても、巻が進むほど面白くなってきているのも確かで、大合戦がない本作も戦国合戦をミクロなレベルで描いた場面はとても楽しめた。

本巻でのテーマの一つは信康に絡む事件。通説は信長の無理に家康が泣いて息子を殺した、というものだが、最近では本巻が採用しているような、徳川家中での派閥争いに起因するもの、という説も有力なようだ。
息子を殺した父親というのは何とも体裁が悪いので、信長の意向だけで切腹させたという物語に(家康サイドが)後付けでしたんだろから、派閥争い説も確かに一理あるようなあ、と思えた。

シェフ 三ツ星フードトラック始めました

2022年06月15日 | 映画の感想
シェフ 三ツ星フードトラック始めました

カール(ジョン・ファヴロー:監督兼任)は、グルメサイトでも人気の一流シェフ。
高名なブロガーが店に来るというので、趣向をこらした新作を用意するが、店のオーナーは定番コースを出せと主張し、カールは店をやめる。ブロガーは代わり映えしない料理を酷評する。
傷心のカールは10歳の息子パーシーとマイアミに行く。そこで元義父といっしょに食べたキューバ風サンドイッチに惚れ込み、フードトラックでこれを売ろうと考える・・・という話。

フードトラックを立ち上げたら、最初は売上不振だった、とか、強力なライバルが現れた、なんて試練のエピソードが(普通の映画なら)挿入されそうなのだが、本作はそういうのはなくて最初から千客万来。離婚した美人妻や息子との関係も良好だし、元いたレストランのスタッフともうまくやっていけてる。
とにかくハッピーエンドに向かって一直線みたいなわかりやすさが気持ちよい作品だった。
そして何よりカールが手際よく料理を作るシーンが魅力的。特に自家用にパスタやサンドイッチ(こっちの方がキューバンサンドイッチより美味そうにみえた)を作るシーンがよかった。

レストランのオーナーがダスティン・ホフマンで、フロアマネジャーがスカーレット・ヨハンソンという贅沢な配役もみどころ。(友情出演らしく、本作自体は低予算らしい)

スティルウォーター

2022年06月14日 | 映画の感想
スティルウォーター

ビル・ベイカー(マット・デイモン)はオクラホマ州の油田リグで働いていたが、失業して日雇い仕事でくいつないでいる。娘のアリソン(アビゲイル・ブレスリン)はマルセイユに留学中にレズビアンの恋人を殺害した罪で現地で収監されていた。
ビルはマルセイユに渡って、無罪を主張する娘を支援するため、娘が真犯人だというアキームという男を探す。
フランス語がままならないビルは苦戦するが、たまたま知り合った役者のヴィルジニー(カミーユ・コッタン)の部屋で暮らすことになる・・・という話。

それほど見る前の期待値が高くなかったせいもあるのか、久々に「見逃さないでよかった」と思えた秀作。
入り組んだ筋立てだが、説明しすぎないのに理解しやすい優れた脚本だった。

スティルウォーターというのはビルの故郷の地名なのだが、映画のほとんどはマルセイユが舞台で、なぜこれがタイトルなのかは終盤になるまでわからない。しかし、終盤に呟かれるこの言葉によって、廻り舞台が180度回転するように物語の情景が一変してしまうという展開がなんとも痛快。

そういう意味でミステリというかサスペンスとしても良い出来なのだが、本作のテーマは別にある。
異国の地で懸命に手がかりを探すビルに対して実の娘のアリソンはとても冷たい、というか終始打算的で自分のことしか考えていない。
対して赤の他人でビルの素性すらよく知らないヴィルジニーとその娘マヤとは心が通じ合い、リスクを冒してビルを助けてくれる。
肉親の絆とは?人間関係の本質とは?そういったことを問いかけてくる内容だったと思う。
ラストシーンにおけるビルの独白が、とてももの悲しい。

辺境メシ

2022年06月11日 | 本の感想
辺境メシ(高野秀行 文春文庫)

著者が世界各地(除く日本以外の先進国)のゲテモノ料理を食べ歩く体験記。

アジアの(どちらかというと先進国に近い)国に出張した時、現地の日本人同僚から「水は未開封のボトルのみ可、火が通ってないものは食べないこと。生の果物もダメ」ときつく注意された。「え、果物もダメなの?」とちょっと意外だった。
私はもともと胃腸が弱いのでおとなしくアドバイスに従った。まえがきによると著者も胃腸が弱くてしょっちゅう腹をこわすそうだが、とても信じられない。
生の豚肉や血を飲んだり、(誤ってだが)未調理の虫を食べたり、年中現地の人が食べるそのものを摂っていて、胃腸が弱い人が生き続けているのだから、結局は慣れというものなのだろうか。

本書の中で、どんなにおカネをもらってもこれだけは食べたくないと思ったのは、韓国のエイを発酵させた「ホンオ」(ずっと掃除されていない小便器のようなアンモニア臭がするそうだ)と中国の胎盤餃子(彼の国では胎盤は万能の?特効薬とされている。もちろん人間の胎盤)。

逆に食べてみたいと思ったのは、日本(石川)のフグの卵巣のぬか漬けとアマゾンのピラルク、チョウザメの炭火焼。

著者は長期間ミャンマーの奥地のワ族の村に滞在していたが、この村では3食とも菜っ葉がはいった塩味の雑炊(モイック)のみの食事とのこと。婚礼の時などに家畜をつぶして食べるそうなのだが、その時も肉を雑炊に入れて食べるそうで、著者は、たまには焼肉にしたらいいんじゃないかと、お別れの時に焼肉料理をふるまってみたら、不評だったそうである。
考えてみると、お米自体は味がしないが、日本人ならちょっと塩をまぶしたオニギリを嫌い人がいないのと似たようなもので、人間の味覚は経験によってのみ定義される、ということだろうか。