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ムゼオ・ローゼンバッハ、ルポ インタビュー - Stefano 'Lupo' Galifi Interview June 2013

2013-06-28 | Museo Rosenbach - ムゼオ・ローゼンバック

Interview edited by Psycanprog © Dino Ruggiero/Japanese digest by rockprogresso © - All rights reserved

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 ムゼオ・ローゼンバッハ、ステファノ・ルポ・ガリフィ インタビュー - June 2013

(文中の表記はムゼオ・ローゼンバックとしました。)

本日ここにムゼオ・ローゼンバックの歴史的シンガーのステファノ・ルポ・ガリフィをお迎えできて光栄です。ルポはイタリアン・プログレッシブ界の黄金時代に輝くベスト・ヴォイスのひとりです。ルポの力強い声は名盤Zarathustraに多大な貢献をしました。このアルバムは当時年間ベストとして評価されました。

Q: Zarathustraから40年が経ちました。当時の経験を聞かせてください。

A: ずっとジェノバでR&Bバンドをやっていたんだ。ジェームズ・ブラウンやウィルソン・ピケットがレパートリーだった。たまに、シカゴのカバーもしたね。前のキーボードのピットもジェノバに住んでたんだ。彼はまたボルディゲーラ(訳注:現ムゼオの本拠地)で新曲をレコーディングしようとしてた。ある晩、彼は僕の声がブルーズなので、そのバンドでちょっと歌ってみないかと言われたんだ。興味本位でやってみたら、それがいい塩梅だった。で、すぐに音をかためて、それがムゼオ・ローゼンバッハとなったんだ。曲をカセットに録音して、アルベルト・モレノが持ってきた。数週間後にバンドして録音してたよ。いい感じだったよ!

Q: Zarathustraではニーチェの引用や、ムッソリーニの胸像で、右派のレッテルを貼られてしまいましたね。そのために、政治団体や国営放送までもから、厳しい扱いを受けることになりました。特に、放送禁止にまで追い込まれましたね。フェスティバルの中には参加拒否もありました。あれから時間が経ちましたが、当時をどう思いますか。

A: ジャケットのカバーに書いたメッセージをきちんと読んでないんだよ。当時、ムッソリーニの胸像だけでも、もうどんな言葉より強烈なメッセージになっていたんだ。おまけに、黒いジャケット(訳注:ファシストを連想させる)とニーチェときたら、もう論争の的だね。当時、僕たちは世間知らずだったよ。

Q: これまでに再結成しようとの試みはありましたか。もし、あったがうまくいかなかった場合は、何が障害となっていたのでしょうか。もう70年代から社会情勢や、考え方も変わりましたよね。

A: もう再結成しようとしなかったよ。各自がそれぞれの事情があって、もうしばらく再結成の考えすらなかったよ。でも、年月につれ、たまに集まることはあっても、具体的に何かを始めることはなかったね。そう、2012年1月までは。古い友人にZarathustraを歌ってくれと頼まれたんだ。

当時僕はイル・テンピオ・デレ・クレッシードレに在籍してて、Zarathustraはそこで歌っていたんだ。でも、その時、過去の情熱を取り戻すのも悪くないと思ったんだ。

Q: 今ではイタリアン・プログレファンにとってはZarathustraは史上最高のアルバムとされています。これは遅すぎた評価だと思いますか。

A: ファシストの誤解でかなりの損を余儀なくされたよ。音楽じたいの評価はいいものだったのに、アルバムは日本で再販されるまでは眠っていたんだ。それから、徐々にムゼオへの興味が広がって言ったんだ。もう思想にとらわれず、純粋に音楽が評価され始めたんだ。

Q: ニーチェを引用するのは誰の考えですか。誰か大学で哲学を学んでいたのですか。

A: Zarathustraは確かにニーチェに捧げられたものだ。それは間違いないよ!ニーチェの作品にインスパイアされたのであって、政治家の思想を代弁してるんじゃないんだ。当時、ロベッショ・デッラ・メッダーリヤは‘La Bibbia’(教典)を発表してたけど、だからといって、キリスト教原理主義者だってわけじゃないんだ。ニーチェを選んだのはアルベルト・モレノだ。彼はほとんどの曲を作り、大学でニーチェの勉強をしたんだ。でも、強調したいのは、ムゼオはニーチェの内容よりは、もっと音楽的なものに興味があるのは確かだよ。ニーチェというコンセプトに音楽をのせたんだ。

Q: 他のイタリアのバンドと交流はありますか。何かエピソードがあったら教えてください。

A: ジェノバの音楽シーンはもう全員知り合いだよ。当時は盛んだったよ。いいバンドがあると聞くと、練習してる地下室まで聞きにいったもんだ。同じバーやクラブでも演奏してたよ。例えば、僕はニュー・トロルズやJet(のちのマティア・バザール、デリリウム、ガリバルディなんかを追っかけてたよ。

Q: 1974年の歴史的なVilla Pamphiliのフェスティバルには参加しましたか。これはもう超アナログ時代ですが、何か録音とは残っていますか。

A: いや、参加してないよ。当時はナポリのロック・フェスティバルに1973年6月に参加したよ。たしか、ニュー・トレンド・フェスティバルとかいう名前だった。

Q: イル・テンピオでの経験をお話していただけますか。

A: いい経験だったけど、もう過去の話だ。

Q: 2012年には、ムゼオはオリジナル3人に若手を迎え再結成しました。スタジオ・ライブ、そして新譜Barbarica。 

A: Barbaricaは嬉しいサプライズだよ!バンドでサンプル曲を作ったとき、僕はすぐに最高のレベルで歌えると直感したよ。Il Respiro Del Pianetaでは、Zarathustraの魔力が復活した。他の曲では、曲に必要なドラマを歌で表現したよ。ギターはエッジーでロックしてて、いいねえ。僕の今のレパートリーはZarathustraとBarbaricaだよ。本当にBarbaricaの価値をじっくり味わってもらいたいね。

http://www.psycanprog.com/interviste/intervista-a-stefano-lupo-galifi-storico-cantante-dei-museo-rosenbach/

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1 Comments

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Unknown (とっしー)
2013-06-29 09:38:41
テンピオは過去だとばっさり切れるいさぎよさが素晴らしいです。前進あるのみ(笑) 早く再来日してほしいですね。
初見の画像の多さもさすがです。

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