「天恩会」<亨進様が障害があるメンバーと家族に付けて下さった会の名前です>

福祉事業に従事している立場での情報の提供と障害者の親としての日常を綴っています。

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書籍紹介「重い障がい児に導かれて」②

2019-05-17 20:14:37 | 日記

〈以下、抜粋です〉
物事を客観的に見、おのれを捨ててことに当たるほか、道は無い
重い障害のある子供が人生の道標であった
ここに至るまでに、自ら命を断とうとした時の心境も綴られている。
「人生は生き果たすために生まれてきている、そうした天の摂理にも反する」
身体障害児の訓練に、単なる感傷的な愛情が禁物だということを深く考えさせられた。
この罪のない子に神仏はなぜこのような苦しみをお与えになるのでしょうか。

この子が一体何をしたと言うのですか。神も仏もありはしない。あったとしたらこんなに酷い思いを子供にだけさせるはずがない。
そんな恨み言を繰り返し繰り返し言い続けていた。
そんな暗い心に、明るい窓を開けてくれたのは、福岡刑務所で教誨師をされていた古川先生からの言葉だった。
「坊やをご覧になって神仏を恨み、もだえ苦しむのは、あなた自身の心の中に問題があるのかもしれません。」
そういう考え方もあるのかと、唖然とした。
子供が発作を起こして苦しんでいるのは私の心の持ち方に問題があるなんて、
こんなに子供のことを思っているのに、事実子供はこんなに苦しんでいるのに。
先生の言葉を素直に受け入れることが到底できなかった。
「痙攣によって坊やは本当の人間としての道をお母さんに教えようとしているのです」と指摘する。
また、「坊やの言葉にならぬ声も、聴くものの心次第で、尊いお悟しの言葉として聞くこともできましょう。」とも言われた。

先生の言われる宗教の真髄はとても理解できないが、不幸な子供を通して、神様仏様は私に真の幸せを与えようとしてくださっている。だから私は、子供のどうにもならない現実の犠牲をそのまま受け止めて、家庭の中でも社会のためにもプラスになるように
生かしていかなければならない。その時初めて子供は人間としての役目を立派に果たすことになる。
このことは、母親としての責任であり、私たち一家の使命でもある。ふさぎ込んでいた雅子も、心の中でだんだんと
気持ちを展開することができるようになっていった。

しかし、言葉で言えばそれだけのことでも、それを本当に信じ、ゆるぎない姿で身に付けるとなると、生易しいことではない。
子供の看病を通して「なるほど、その通りだ」と一つ一つ自分自身に合点しても、
またどうしようもない気持ちになって失望してしまったり、激しい感情の起伏の道であった。
それはそのまま抱いていた神仏への恨みが感謝の念へと変わっていく過程でもあった。

「重症ですが、うちの子供は我が家の宝です」
「障害児がいたおかげで一生懸命働いてある程度できました。家の子は福の神です」
「こうした子供を持ったお陰で、私は幸せを教えられました。子供へのお礼のつもりで、世界のために尽くさなければ」
何気なく話される方々の姿を見ながら、「この方々も簡単にこうした考え方を身に付けられたのではないだろう」と、
我が身に起こった事と照らし合わせて理解した。
障害のある子がいたからこそ、親たちがそうした考えに至った。そう考えると、「障害児が立派な人づくりをした」と
言っても過言ではない。

母親の本能的な愛情と冷たい訓練を両立させる事は難しい
重症児は人の心を打つ強い力を持っていると信じるようになった。
「多くの重症児は社会の宝です。」
重症児をもった親の苦悩は、その親でなければわかりません。しかし子を思う親の純粋な気持ちと、
全国から結集した善意の力で当たれば、どんな困難な道も開けていく。

親の憲章(親の心得)
(生き方)
一、障害児をはじめ、弱い人々をみんなで守りましょう。
一、限りなき愛を持ち続け、共にいきましょう。
一、障害のある子供を隠すことなく、わずかな成長を喜び、親自身の心を磨き
健康で明るい人生を送りましょう。
(親の務め)
一、親が健康で若い時は、子供とともに障害を克服し、親子の愛の絆を深めましょう。
一、我が子の心配だけでなく、病弱や老齢になった親には温かい思いやりを持ち、励まし合う親となりましょう。
一、この子の兄弟姉妹には、親がこの子の命を尊し、として育ててきた生き方を誇りとして生きるようにしましょう。
(施設や地域社会とのつながり)
一、施設は子供の人生を豊かにするために存在するものです。施設の職員や地域社会の人々とは、
  互いに立場を尊重し手を取り合って子供を守りましょう。
一、もの言えぬ子供に代わって、正しい意見の言える親になりましょう。

(親の運動)
一、親もボランティア精神を忘れず、子供に代わって奉仕する心と行動を起こしましょう。
そして、誰でも住み良い社会を作るよう努力しましょう。
一、親の運動に積極的に参加しましょう。親の運動は主義や党派に左右されず、純粋に子供の命の尊さを守っていきましょう。

これから社会情勢はますます厳しい方向に向かい、弱い者に対する幸せが強まってくるのではないかと思われます。
改めて、社会の方々と手取り合って、生きる意味を深め、生命尊厳の理念をしっかりと確立していくことが、
守る会の大切な役割だと思っています。

この世から去っていくときに、「確かに愛し果たすことができました。私の人生は充実していました」と
言い切れるようになりたいと思います。

北村語録
50年前、私たちは社会の役に立たない人間に国のお金は使えませんと言われ、生きているこの命を守ってください。
最も弱いものを切り捨てれば、その次に弱いものを切り捨てられ、結局は社会全体の幸せにはつながらないので子はないですかと
訴え運動して参りました。重症児者運動は、社会の共感を得ることが最も大切なことと思っています。
重症児者が真剣に生きながら、「命の大切さ」の無言のメッセージを送っていることを社会に伝えることができる
親になってもらいたいと願っています。
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書籍紹介「重い障がい児に導かれて」①

2019-05-17 20:02:52 | 日記
「重い障害児に導かれて」(重症児の母、北浦雅子の足跡)①

重い障害のある子供たちの保護者が作る「全国重症心身障害児(者)を守る会」会長を務める北浦雅子さんの生き様を
著作や証言から紹介している本を読みました。
 私自身が障害者の親として悟らされた事や、時々の失敗で反省をしている事などを再確認するのに役立ちました。
 本の中で心に残った内容と抜粋したものを2回に分けてアップします。

北村雅子さんの次男、尚(ヒサ坊)が、生後7ヶ月、種痘後脳炎により重い障害児となり、家族の歩みが始まりました。
因みに、私の家内のお姉さんも、同じ種痘後脳炎で思い障害者となり、26歳で他界するまで、
家から外に出る事無く過ごしました。

北浦さん夫妻らが作った重症心身障害児(者)を守る会には「守る会三原則」と「親の憲章(親の心得)」があります。
〈北浦語録〉
ここにたった一人でも弱い人がいたら、それをみんなで守る。そうすればそれは1億になる。
だからみんなで守ることが大事なのです。
この一番重い子供たちは世界の真ん中に置いてください。そのかわり、私たち親は社会の皆様の幸せのためにがんばります
と言う姿勢でないと、社会の共感は得られない。
親の立場を超えて重症児の立場に立ち、その命を守ろうとするときに、親の生きる権利と子供の生きる権利が
どこかですり変わっていくのならば、それは子供の幸せにはつながらない。
「子供の幸せを考えるとき、あくまでも親は一歩下がって謙虚でなければならない」との思いから、
守る会の三原則を作った。

「守る会の三原則」
一、決して争ってはいけない。争いの中に弱いものの生きる場はない
一、親個人がいかなる主義主張があっても重症児運動に参加するものは党派を超えること
一、最も弱いものを、一人ももれなく守る

〈解説〉
①重症児は自らを主張し、あるいは訴えると言うことができない。たとえかすかな意思表示ができたとしても、
周囲の人々がそれに気づいてくれなければ、黙ってすべての人に委ねなければならない。
もちろん意見の交換、ディスカッションは十分に必要なことだが、自分の意思を通すために相手を傷つけてまでも
自己を主張したとすれば、子供たちはさぞ悲しい思いをしていることだろう。こうした思いから、
「争いの中に弱いもの生きる場はない」とした。

②世界には多くの方々が、おられ、多くの主義主張もある。その力を結集するためには、
  個人の主張を越えなければならない。重症児の問題は、単に子供たちの問題ではなく、
社会の全ての人間を等しく尊重していこうと言うこと。それが、守る会の願いであり精神
でもある。重症児を抱える親の会の運動は、あくまで「己れをこえた時に子供たちに実が
ある」と固く信じているからである。

③一番良いものを切り捨てると言うことを次は、二番目に弱いものが切り捨てられて行くと言うこと。
そして、私自身がいつか年老いたり、重い病気におかされた時、切り捨てられる側に立たされてかも知れない事を意味している。
重症児を守り抜く。そこには、たゆまぬ辛抱、強い愛がなくしては守り切れない。
「重症児から教えられた思いやり、温かい心があって初めて最も弱い人々が守られる。」
「人間は何をやったとしても最終的には自己の人間形成の完成に近づくことが大事なことであり、
そのことに生きることこそ、本当に生きるということだ」


重い障害のある子供の表情から「生きるとは何か」「人生の幸せとは何か」と問いかけられ、
その無言の姿から様々なことを教え導かれてきました。と語っておられた。北浦さんのこれまでの人生を振り返ってみると、
重い障害のある我が子を少しでも健康に、少しでも楽しく、少しでも幸せにとひたすら願い続けて、
気がつくと90歳を超えていたように思える。

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久しぶりの更新です

2018-12-12 22:57:53 | 日記
久しぶりのブログ更新です。
日本サンクチュアリ協会のホームページに新しく作成した「天恩会」のホームページをリンクしてもらいました。
今後、そのサイトから、私のブログを訪ねて下さる方もいるかと思いますので、
こちらは、あくまで個人的な意見発信ですが、読んで下さる方への自己紹介の意味でも少しずつ
更新をして行こうと思います。 
 さて、今回毎月購読している雑誌に、レバノン出身の詩人カリール・ジブランの「子どもについて」
という詩がありました。自分自身の子育てを振り返り、今更ながらに反省をさせられ、
考えさせられた詩でした。翻訳によって表現も違うのでしょうが、紹介をします。


 あなたの子どもは、あなたの子どもではありません。
 あなたと共にいるものの、あなたのものではありません。
  
 すると、赤ん坊を抱いた女性が言った。子どもについて話をして下さい。
 アルムスタファはこう答えた。

 あなたの子どもは、あなたの子どもではありません。
 生命そのものが再生を願う、その願いの息子であり、娘であるのです。
 あなたを通して生まれてくるものの、あなたから生まれるのではなく、
 あなたと共にいるものの、あなたのものではありません。

 子どもに愛を注ぎなさい。しかし、考えを押しつけてはいけません。
 子どもには子どもの考えがあるのです。
 家のなかに子どもの体を住まわせることはできても、
 子どもの魂を住まわせることはできません。
 子ども魂は明日の家に住んでいて、あなたは夢のなかでさえ、
 そこを訪れることはできないのです。
 あなたが子どものようになろうと努めるのはかまいませんが、
 子どもをあなたのようにしようとしてはいけません。
 人生はあと戻りも、昨日のままでとどまることもしないのです。
 あなたは弓であり、そこから子どもという生きた矢が未来へと放たれていきます。
 射手は無限の道の先に的を定め、力強くあなたを引き絞り、
 その矢を素早く遠くへと飛ばします。
 射手のその手のなかで身をたわませることをよろこびとしなさい。
 射手は飛び去っていく矢も、手元でじっととどまっている弓も、
 どちらも愛しているのですから。
 有枝春訳『預言者の言葉』より
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職員募集のお知らせ

2017-08-16 22:28:31 | 日記
当ブログをご覧いただき有難うございます。
現在、私は川崎市内にある社会福祉法人で、複数の事業所の
事業計画の立案や人事、労務、財務について統括をしております。

過去に当ブログで職員採用の案内をしたことがあり、それらの縁でUCで働いていた方や
仕事を探していた2世が14人程、一般の方に交じって共に働いてくれています。
基本的には、皆さん、ブログの記事を読んで私がどのような考え方をしているか
理解して応募してくれた方々です。

それらの方々と職場の立場を離れて交流をする時間が、私には一番の楽しみとなっています。、
一人一人の立ち位置と家庭の状況等は様々ですので、互いの意見を
尊重する姿勢は持ち合っている方々です。

所属する法人は、川崎市内でも歴史と実績があり、事業規模も大きな法人ですので
就職には正当な手続きを踏まなければなりませんし、年齢が高い人の条件は厳しくなりますが、
定年は65才で、健康状態に問題がなければ70才過ぎまで働く事ができます。
年収は一般職で350万~420万程度、上級職で500~600万程度になります。

採用に関しては、年度内に男性、女性職員を複数名増員する予定です。
福祉の仕事に経験のある方や近隣にお住まいであれば好都合なのですが、
今まで本人のやる気と人柄さえ良ければ、人事部が納得するストーリーを作り、
入職が出来るようにしてきました。

青森県と高知県から応募してきた方には、今はまだ単身赴任ですが、家族が引っ越してくるまでの
居住場所を提供して働いてもらっています。

仕事については、障害福祉に経験のない方には、5~6人程が暮らすグループホームで
週に2回ほど宿直をし、障害のある方が街の中で普通の人と同じように暮らす生活を
支える仕事からはじめてもらう事になります。別な意味で、経験がなくとも入りやすく
そこでキャリアアップする事ができる職場です。
信頼し合える仲間と時間を掛けて実力を養い、将来別な組織を作る事も視野に入れています。

このブログは、今は休眠状態ですが、仕事の事で面会をする度に、
私がどのような発想の人間であるかを、お伝えする事に時間を掛けており、
事前にお知らせしておいた方が良いと考えて書いてもおりました。

お問合せを頂く前に、ブログの過去記事を参照していただければ幸いです。

尚、連絡には下記アドレスをご利用下さい。
sakuradagishi@gmail.com

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ブログ閉鎖のお知らせ

2017-01-30 18:13:33 | 日記
障害のある方と関係者の方に、何かのお役に立つ事があればと
ブログを立ち上げ、拙い文章で、恥を忍びつつ、記事の書き込みを続けておりましたが、
当初自分がブログの目的としていた事との乖離を、ここ最近に感じ始めていました。

兄弟姉妹との関係を深めたい気持ちはあっても、他の方への批判や
意見の対立を助長するのは、自分の意図するところではありません。

いつの間にか、自分がその傾向に傾いているのではないかと
内省をしていた結果、神の日を迎え、4300双の二次祝福式が挙行された
ここで、一旦ブログを閉鎖し、外に向けてではなく、自分に向けて、
み言を求めて行くのも必要ではないかと、思い至りました。

ブログを開設してから、丁度一年間程でしたが、情報を発信する事で、
出会うべき人に出会い、知り合うべき人に知り合う事ができた事は、
得難い経験であり、何より嬉しい事でした。

「原理本体論」の本につきましても、思った以上に、大勢の方の手元に
お届けする事が出来た気が致します。

ブログ閉鎖後も、地道に、兄弟姉妹との関係を大切にして、
神様とお父様、亨進様のお役に立てるように励んでいく
気持ちは何ら変わりません。

また、天恩会の事と、関心をお寄せ下さった方、個別にメールを
下さった皆様との関係は、必要とされる限り、
継続をさせて頂くつもりでおります。

お読みいただいていた方々には、誠に勝手ではありますが、
一定の期間の後に、ブログの終了手続きをしますので、
ご容赦くださる様にお願い申し上げます。

皆様、本当にありがとうございました。
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