迷宮映画館

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父と暮らせば

2005年03月10日 | た行 日本映画
広島に原爆が落とされてから3年。美津江は図書館に勤める女性だった。しかし、家は半分焼け落ちたようなままで、原爆の傷跡を深く残していた。家には父が待っている。ユーモアにあふれ、娘の応援団ような父だ。しかし、この父はピカで死んでいることが分かってくる。言うところの幽霊なのだ。ご飯も食えず、お茶も飲めない。でも、いすには座り、掃除をし、すり鉢をあたる。

図書館に来る青年に恋心を抱いた美津江だったが、ピカで生き残った自分は、生きていることが申し訳ない。死ぬのがあたりまえだったのに、生き残った自分が幸せになるなどとおこがましいと思っている。そのもどかしい生き方に、父親が何とかしようと現れ、そのままではいけないと叱咤激励する。おまえは幸せになるべきなのだと諭す。正直に生きるべきだと懇願する。それはすなわち美津江の気持ちなのだ。

自分は生かされたのか、生き残ったのか、生き抜いたのか・・・。難しい問いかけだが、確かに分かっていることが一つ。これから、生きていかなければならない。

主な舞台は焼け残った家に、娘役の宮沢りえと父親役の原田芳雄のやりとりで終始する。もとは戯曲なので舞台の広がりはないが、このふたりのやり取りが本当に素晴らしい。愛情に満ち溢れた父親、娘を何とかしたい。自分の死を鼻で笑い、その空しさが強烈に伝わる。反戦とか、平和への思いなどという生易しいものではない。空しさだ。虚無を笑い飛ばしている。とにかく原田芳雄に尽きる。すさまじい。

生き残ってしまったという娘の気持ちが、さまざまな人の気持ちを代弁していた。山形が生んだ天才、井上ひさしが生み出した傑作。丹念に多くの人の証言を聞いて、この本を書いたという作家の執念のようなものが伝わってきた。生半可な映画ではない。見るものの覚悟もいる。それだけのものが伝わった。

戦争中ではありながら、ごく普通の生活をしていた人たちの頭の上に突然沸いた二つの太陽。それがすべてを焼き尽くした原爆だった。その原爆を、生きている人たちの上に落とす。なぜこんなことを出来るのか。ここにいる人がすべて死ぬと分かっていることをしてしまう戦争。何とかという、潜水艦の映画を見たばかりで、戦後60年のなんたらかんたら、あまりに半端に描いた戦争映画で、本当にがっくりきていた。何とかいう潜水艦映画に携わったすべての人に、ぜひ見ていただきたいと心から思った。同じ原爆を描きながら、こうまで違う映画が作れるのか。

『父と暮らせば』

監督 黒木 和雄  原作 井上 ひさし
出演 原田 芳雄  宮沢 りえ  浅野 忠信  2004年 日本作品


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