迷宮映画館

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草の乱

2005年01月24日 | か行 日本映画
1884年、埼玉県秩父で起こった、困窮農民と自由党員の蜂起、いわゆる『秩父事件』を忠実に描いた。

明治維新から約20年。世の中は一体、どう変化したのか・・。江戸時代というのは究極の再生産の時代で、経済成長や、経済規模の拡大などということにはほとんど無縁の時代だった。戦国時代に一度手に取った武器を捨て、日本という狭い国土の中で、身の丈にあったつつましい生活を送ったわけである。それが万全の国家だったとは言わないが、身の丈にあった、というのが一番的確な表現だと思う。

そこに起きた外国からの刺激、開国の要求、市場の開放、そして幕末・維新の世の中へ怒涛の進撃が始まる。日本はかつてない変化に見舞われた。その変化の激しさは、未曾有の出来事だった。経済は翻弄され、金の流出は止められない。日本はどんどんインフレに陥っていく。ここで起きた経済危機は、自業自得とはいえない。世慣れしていない日本が、通らなければならない関門のようなものだった。しかし、日本が見出そうとした道は誤っていた。軍事への道だった。市場を手に入れる、植民地政策に乗り出す、自分がやられたことを、よわっちぃ国を見つけて、やり返す。まだ国の基盤も整わないうちに、軍備への支出が増大していく。そして、増税。しわ寄せは、すべて底辺にいる困窮農民に集まる。

政府が導いたインフレを解消しようと、いきなりの松方デフレ政策は、こつこつと商品作物を作る農民に大打撃を与えた。何の保障もなしに。養蚕に生きるしかなかった困窮農民と、自由民権運動を推進してきた自由党の左派が一致して起きた蜂起がこの『秩父事件』だ。あまりにも大変な農民がやむを得ず高利貸しに金を借りる。そこに生糸の暴落。到底、金を返せる目途がつかない。せめて、返済を待ってくれ、高すぎる利子を何とかしてくれという、ごく普通の要求を行ったのが、この事件の発端だった。ちょうど、運動が過激化していっていた自由党の活動と各地で合致していく。

ではこの映画で描こうとしているのは一体なんなのか?『秩父事件』は歴史の闇でも、封印もされていない。詳細に内容は研究され、井上伝蔵も、その経歴は知れ渡っている。そんなに興味を引く事件はないので、誰でもが知っているというものではないが・・。農民が本当に困っていたのはわかる。ではなぜ困っていたのか。山県有朋と、伊藤博文が鹿鳴館で少々話したくらいでは、どうにも説明がつかない。なぜ、インフレからデフレ政策に転換してしまったのか、言及し、藩閥政府の狭量を示して欲しかった。間違いなく借金帳消しのための暴動なのだが、それだけに陥ってしまうような感じが否めない。

明確なビジョンがない革命は暴動に終わってしまう。早計で、刹那的だった。でも、そうでもしなければならない大いなるきっかけはあった。そのことは伝わったが、それだけだった。緒方直人、親父と違って、固い、揺るがない、仏様のような役が振られるなあ。実際もこんな人なのかしら。映画として、素晴らしいかというと、諸手を上げて賛成はしない。でも、こういう映画は作られるべきだ。見るべきである。でも見せる映画にするべき努力がもっと必要だと思う。

『草の乱』

監督 神山征二郎 
出演 緒形直人 藤谷美紀 杉本哲太 田中実 2004年 日本作品

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