迷宮映画館

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母  (ゴーリキー)

2009年11月30日 | ロシア映画シリーズ
1926年作の無声映画だが、とってもわかりやすかったのが、びっくりだった。

舞台は20世紀初頭の帝政ロシア。飲んだくれで甲斐性ない夫をもつ母は、息子の行く末を心配しているが、息子は、どんどんと革命運動にのめりこんでいく。

ただただ心配し、打ちひしがれ、背中を丸めて力なくおろおろしている母が、夫を亡くし、息子が逮捕されると、息子を助けるためにしゃんと立ち上がり、徐々に強い一人の人間になっていくのが目を見張るようにわかる。

効果音がとっても印象的だったのだが、それは1968年にモス・フィルムでつけたのだとか。なるほど!!あの効果音があるのと、ないのとでは、また印象がずいぶんと違うものになりそうだと感じた。

いつものように山形大学の中村先生の解説付きなのだが、私もいつものようにこれでお勉強。

さて、この映画が作られたのは1926年ということで、またスターリンが登場する前。まだレーニン的な社会主義に対する理想は失われておらず、民衆の力強さが信じられていたような頃になる。

また、この映画は、同時期に作られたエイゼンシュティンの「戦艦ポチョムキン」と並び称される二大サイレント映画で、さらにモンタージュという手法を取り入れた作品としても知られる。

しかし、この二つの映画は、非常に対照的で、それはまた監督の映画に対する考え方の違いがそれに表されているが、それは役者に対する考え方。

エイゼンシュティンは、採用する役者が、ほとんど素人で、その仕事についている人とか、その地域に住んでいる人を採用して、映像を撮る。そして撮影という技術を駆使して映画を作り上げ、編集によって一つの作品を作り上げていく。

それに対して、こっちのプドフキンという人は、確かな演技力のある人を配役し、感情の機微、表情、演技力というその人の持つスキルを十分に映し出し、映画を作り上げていく。

よって、技術的な面から「戦艦ポチョムキン」に、少々遅れを取ったような位置におかれることが多いという。・・・・なるほど。

ロシアの激動の時代を生きたゴーリキーという人の微妙な立場やら、母をやった女優の情報の極端な少なさは亡命をしてしまったからだ・・・などなど、非常に興味深い解説だった。

「母」を上映するということで、先生は、「ぼく、これだめなんですよ」と、おっしゃってたのだが、どんな意味かわからなかったが、涙腺に来るのがだめだったのね。あたしは、別の意味かと思って、深読みしすぎました。素直に見ればよかった・・。

次回の「ピロスマニ」が、とっても楽しみです。

「母」

監督 フセヴォロド・プドフキン
原作 マクシム・ゴーリキー
出演 ヴェラ・バラノフスカヤ ニコライ・バターロフ アレクサンドル・チスチャコフ

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